彼はただ静かに波たたぬ海のような魂でたゆたう世界を見ていた。
少年の世界を構成している機械人形の範囲などたかが知れているかもしれない。だからなんだというのだ。私にとっての彼は、空であり海であり陸であり大気であることに変わりはない。私は今ここに集約される青を愛していた。

「笑って、アイギス」

頬にそっと手が添えられる。
意識下で私は泣いていた。機械が泣くなど滑稽この上ないが、それは人であるからだと言ったのは眼下の少年だったか。機械にも人にもなれない未分類の私を彼はなんの迷いもなく受け入れてくれた。それがただ嬉しかった。

「君はもう僕のために生きなくていい」

だからこそ、彼の慈悲は残酷に突き刺さる。

どうしてそんなことを言うのですか。
私はあなたを守りたい。そのために生きていきたい。あなたがくれたこの命のすべてをかけてこれから共に生きていく。それが私の望み。
あなたは大きな勘違いをしている。あなたを足枷だと思ったことなど一度もない。むしろわたし自身の意志で鎖を巻き締めているというのに。
あなたは一人、離れていくのか。

「ねぇ、綺麗だね、アイギス。この世界は、こんなにも」

えぇ。この世界は綺麗です。
でもあなたがいれば、もっとずっと綺麗で。

「これからも、きっと」

えぇ、えぇ、きっと。きっと。
なら、あなたは?
その"これから"にあなたはいますか?

なにもかもを愛おしむように見つめる彼の傍らで、私は思考のすべてで彼を見つめていた。今この瞬間も、視線でもってしてつなぎ止めている。
私は彼を愛した。彼と共にある未来を愛した。
私の世界の大半を構築していた彼が崩れたとき私はどうなるのだろうと考える。電気信号がありもしない回路を傷つけ文字通り壊していくに違いない。狂った機械人形と化すわたしを生が嘲笑う。居もしない死神に懇願した。私の世界を壊さないで。

「ありがとう」

自分自身の救いを忘れた愚かな救世主、わたしのイエス、わたしの神サマは狂信者の膝の上でまるで自分が一番救われたように安らかな顔を浮かべ眠っている。
あなたは私を救いはしない。最たる信者が救われていないとも知らないで、究極の自己満足のもとにこの世界の救世主となったのだ。
あなたがここから消えるなど誰が信じるものか。

救世主にならなくていい。お願いです。最後の教えをください。あなたと生きる術を教えて。声を聞かせて。

信者の願いは届かない。
春のうららかな日差しの中で、私の世界は終わりを告げた。

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