雪に倒れ込んだ兄は眠るように目を閉じていた。月明かりで青白く発光する雪の上で体を丸めているその姿は奇妙なほどに同化している。

「っ、葵!」

雪が止んでも帰って来ないし携帯まで繋がらないものだから心配になって飛び出しさまよっていたところ、目的の人物は長鳴神社の片隅にいた。あまりに隔絶された空気を纏って。

「なに?」

「こっちがなによ!なにしてるの!」

返された言葉に生を感じながらも私の不安は反対に蓄積されていく。
ほらこんなに冷えてると拾い上げた手は、予想したよりもずっと冷たい。細い指先から何もかもが消えてしまいそうで目を見開く。白い地面から引き剥がすようにその手を引っ張って上体を起こさせた。雪に兄が溶けるのではないかとありもしない錯覚。
目は私の不安を増幅させるほど虚ろだった。

「帰ろ?」

得体のしれない存在が兄にまとわりついている。それは例えば雪のように視覚できるでない何か。
震える喉を押さえ込む。出た声は幼子が母親の機嫌を伺いながら言うような其れ。

「ねぇ、帰ろ?」

「―うん」

前にも後ろにもついた雪を払い落としやっと立ち上がった姿を見とめて、漸く心を落ち着かせた。雪を映す目は相変わらず虚ろではあるけれど。

兄は少年を失ってから時々抜け殻のようになっていた。私も思い出しては沼に浸かるように暗くなったが、兄ほどではない。
愛情とか親愛とかそういう言語レベルを軽々と飛び越えた果てで二人は繋がっていたのだ。双子の私ですら入る余地がないほどに二人は等しく同一だった。
ザクザクと雪を踏みしめ帰路につく。握る手に力を込める。互いの異なる体温は二人が違う存在であることを簡単に思い起こさせた。所詮私たちは別個体。

「…さむい」

ぶるりと兄が震える。手は先よりは温かくなってはいたが、まだ私の体温を求めるほどに冷たい。やっと人並みの感覚が戻ってきたようで安心する。はぁと青白い唇から漏れた息は白い。体内が温かいという証拠。
当たり前じゃないと溜め息混じりに呟いて、私も自分の白を見た。

「もうあんなことしないで」

口約束などたかがしれるが、そうでもしないと不安でたまらない。あの死神の少年のように日付を越えたら消えてしまうかもしれない。日付を越えずとも今この瞬間に闇に溶けてしまうかもしれない。

「うん」

どちらからとも知れず、互いの手を握り直す。繋ぐ手の感覚だけが唯一の灯火だった。雪の中で眠る兄は、ぞっとするほど死の匂いがした。
離すものか。私の大切な半身。例え私の愛した少年だろうと、半身を奪うのは許さない。


私たちは絡めた指先から、いつか崩壊の音を聞く。



(1月)

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