たおやかに崩れていく死神を視界の隅で見た気がした。
あえかに溶ける青い蝶々が悲しげに宙を舞う夢を見た。

揺れる残像。
耳鳴りがする。
頭が痛い。吐き気がする。


今日は満月だった。
満月は人の心に影響を与えるという。この体調不良はそのせいだろうか。
根拠もわからず迷信的考えに身を委ねながら身を起こす。
崩れるようにベッドに倒れ込み、睡魔にあらがうこともせず昏々と眠ったつもりだったが、不調を訴える体に起こされてしまった。
おまけに就寝前よりも悪化しているように思えて頭を抱える。

いったいなんだというのだろう。
特に不健康な生活を送ったつもりはない。
我ながらすごいと思うが、最近は0時前就寝は欠かさない。0時を過ぎると嫌なものを見る、なぜだかそんな気がした。
0時を過ぎて寝ることは以前は多くあった気がするが、なぜ過ぎていたかよく覚えていない。

時計を見ると、あと少しで日付が変わる時刻だった。
自分の就寝ルールは守れそうで安堵する。

時計を見た視界の中に、銀の銃がチラリと映った。
いつ買ったか、あるいは貰ったかもまったく思い出せないその銃は、まるで自分を咎めるように鎮座している。それがたまらなく不快だった。それで頭を撃ち抜く映像が鮮明によぎり、身震いをする。深い罪を背負った気がしてならない。己の罪を集約させたようなその鉄の塊が、どうしても捨てられなかった。
耳鳴りが強くなる。
月の光を反射した其れから目を逸らし、深く息を吐いた。
満月、銀の銃。いつか見た死神の夢。頭痛はやまない。訴えかけてくる何かからひたすらに逃げようともがいた。
それも大した意味を持たない。
忘れているのに忘れられず、忘れようとしても何かがそれを引き止める。


ぼんやりとしているうちにも時はすぎる。
カチリと、時計の針が0時を指した。
しまった、と思いながらも、無意識のうちに見まいとした世界に入ってしまった。

緑色の世界。棺桶。赤い水溜まり。不気味なほど大きな満月。

黄色いマフラーと、死神。



「りょうじ」



耳鳴りが止んだ。

「あ、あぁ、」

記憶が脳内を駆け回る。
なだれ込む記憶の中で、愛した自分の半身が死んでいく姿が何度もひっかっかり脳を打ちつける。
貫かれた綾時の身体。赤く染まる視界。笑いながら崩れていく。息を引き取る最期まで手を握っていた。


思い出した時はもう遅い。

悲鳴とも叫びともわからない声をあげた。夢であれともがいても、痛みを訴える喉も握りかきむしる髪が皮膚を傷める感覚もすべて現実だと告げていた。
見開いた目は緑の世界を写している。


大晦日のあの日、みんなの望む選択とは別の道を選んだ。
後悔はあった。けれど一瞬で終わるとわかっていた。
思い出さず楽に死ねると彼は言った。ところがどうだ。満月がまるで思い出したかのように自身の罪を突きつけてきた。

すべては綾時のためだった。
苦しい、苦しい、と泣く我が子を無碍に殺せるような強い心など持ち合わせていなかった。
けれど終わってみたところで世界がしぬ事実は変わらず、解放された綾時が微笑みかけてくることもない。

死に立ち向かうことを夢見た仲間たちへの裏切りが、今になって自身を貫いた。頭をかきむしりながら、自分自身がしでかした罪をただ懺悔するしかなった。

ふと、金髪の少女の悲しげな眼差しを思い出す。
彼女は、アイギスは、知っているのだろうか。
人間ではない機械乙女ならば、あるいは。
覚えているのが自分一人ではないことに冷や汗をかいた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

空気が生ぬるくまとわりつく。やさしく続く世界の寿命に静かに膝を付く。
月が妖しげに笑っていた。お前は逃げたのだと不愉快に光る。

綾時を殺さず、ずっと苦しみを与え続ければよかったのか。それすらも間違いではないのか。
残酷な2択を迫った運命をひたすらに呪った。

綾時はいない。世界は死ぬ。
すべてを殺したのは自分だった。

死んだら綾時に会えるのでは、そんな不確かな希望にすがることしかできなかった。
終わりが来る日、自分だけは残酷に無慈悲に痛めつけられ、業火に焼かれるようにと祈る。

アイギスは立ちすくみ、綾時が悲しげに笑った、気がした。


春は、まだ来ない。


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