聞いてみる?そう言って彼女にイヤフォンの片方を差し出して、はたと手を止めた。彼女には耳が無かった。

まただ。

キリキリと微かに鳴る稼働音が僕を現実へと引き戻す。目の前にいる美しい少女は、鉄と電気コードでできたロボットであることを思い出させる。

またやってしまったと自己嫌悪する。
アイギスはロボットだ。
本当に人間のように動いているせいか、よくそのことを忘れてしまう。人ではないと理解していても、僕の脳は完全にそれを認識しようとはしない。
今だってそうだ。彼女が当たり前に僕に接してくるものだから、僕も普通に接してしまった。
指の硬さと鉄独特の冷たさに触れて、漸く彼女が無機物であると気づくのだ。

鋼鉄の可動式人形が、まばたきを必要としない瞳で僕とイヤフォンを捉える。

「いい曲ですね」

外したイヤフォンから漏れ聞こえる僅かな音を拾い上げて彼女は言った。
いい曲の基準が、ノイズのない綺麗な、という機械的観念から取り上げたものなのか、それとも緩やかに流れるメロディラインを感性の赴くままに答えた結果だったのかは定かではない。彼女にインプットされた"いい曲"の定義にちょうど当てはまっただけかもしれない。
ただ彼女は人間のように曲の感想を口にした。人間としての擬態は完璧に成されていた。
そのことが僕を混乱させる。

彼女は人ではない。彼女が纏うのは合成樹脂で、血液の代わりにオイルが流れ、筋肉の代わりに鋼鉄が軋み血管ではなくコードが駆け巡っている。外見を除き、内部構造はおよそ人とは言い難い。
なのに彼女は、人間のように、動く。

「いい曲ですね」

右手で宙ぶらりんになった片耳のイヤフォンからはアップテンポなメロディが微かに漏れている。アイギスはそれを聞きながら再度同じフレーズを再生した。トーンは一度目とほぼ同じだった。
彼女の視覚する世界も、聴覚する世界も、どこをどう美しいと定義付けているのか、僕にはわからない。
片耳にかかったままのイヤフォンから音を聴く。曲はもう伴奏を終え、次の曲へと移り変わっていた。

先ほどとは反対のローテンポの曲が再生する。
四拍子。緩やかな歌声。

「いい曲ですね」

再生する声。同じトーン。定型文。けれど人間にも似た、


彼女をロボットとして認識しなければ、と思う。彼女を人と同じように捉え接するようになった時、待っているのは幸せなことばかりではない。けれど本能のどこかでこの機械人形を普通の少女として見ている自分がいる。
なぜ彼女が人間ではないのか、そのことばかりが気がかりだった。

「どうしましたか」
「なんでもない」

整った顔が異常を察知したように僕を見る。
作り物の瞳があまりにも綺麗なものだから、僕は思わず目を逸らした。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -