「人間は二酸化炭素以外に酸素もほんの少し出してるらしいぞ」
頬を上気させながら長い長いキスをした後の口で彼が発したのは、愛の言葉でもなく僕の名前でもなくムードの欠片もない勉学じみたものだった。さっきまでの官能的空気が嘘のよう。あまりのアンバランスに少しがっくりした。カムバック・ピンクムード。
まぁ、そういうところもひっくるめて全部好きなんだけど。
「君は物知りだね」
「余った酸素って話だけどな。本当かどうかは知らないからあんまり信用するな」
先ほどのキスで溢れ落ちた唾液を拭いもしないで、彼は目を伏せていた。長い睫がよくわかる。濡れた下唇はてらてらと光を反射している。
あ、ダメ。すごく色っぽい。かなりいやらしい。
「なんで急にそんなこと言い出したの」
あとなんでディープなキスを仕掛けてきたの。とてもうれしかったです。
「キスしながらお前の酸素を吸えば、ずっとキスできるんじゃないかって思った」
「へ?」
あまりにも珍しすぎて一瞬目が点になる。それはつまり僕とずっとキスしてたいということだろうか。幸せすぎて鼻血が出そうだ。
彼は試してみたかっただけみたいだけど、そんな理由であんなキスをしてくれるならもっともっとやってくれてもいいくらいだ。いくらだって実験台になってあげる。
僕は積極的な彼を想像してみた。異常にドキドキしてしまう。
「そ、それで?」
「無理だった。お前もっと酸素出せ」
むちゃくちゃだ。
僕の肺が吐き出すのは彼と同じように二酸化炭素ばかりだし、体中のどこを見ても葉緑体込みの細胞はないことくらい君が一番よく知ってるくせに(残念ながら僕は酸素を出せる器官は葉緑体しかしらないのだ)
でも滅多にない彼のおねだりを聞き届けてあげたいから、一応は肯定の返事をしておくことにする。
「…善処します」
「うん、がんばれ」
ちゅ、と啄むようなキスをされた。
ホントにもうどうしちゃったのと思いながら、ちっぽけな脳みそで酸素を吐き出す方法を考えた。これが叶えば僕らは半永久的にキスできちゃうかもしれないのだ。これは凄い。アダムとイヴからの爆発的進歩は僕の手に握られているのだ。
でも今はとりあえず目の前の彼に集中したい。ごめんなさい、全世界のロミオとジュリエット。詳しいことはまた後で考えます。
今度は僕から彼の口を塞いで二酸化炭素を分け合った。
そうだね、まずはそこらへんの葉っぱの葉緑体でも観察してみるよ。
(待っててねハニー!)