私は床に横たわり、彼は私の上に跨る。まるで、いつか見た男女の営みのような体位。けれどそのような艶めかしいものではなかった。部屋を満たすのは彼の呼吸音と、それから金属を叩く音。したたる愛液は赤い。
見下ろし見つめる彼の視線に人間でいうところの興奮を覚えた。
彼は腕を振り下ろす。



ガツン。

鈍い音を認識。身体に衝撃が少々。彼は美しく顔を歪めました。
私たちのこの甘美で情緒的な営みを誰にも邪魔されたくないと、思うのはそればかりです。
私の体はそれはそれは鋼鉄でありますから、人間の拳を数発埋め込まれたところで簡単にはこわれません。ですから彼は何度も何度も殴りました。何度も何度も言葉を零しておりました。私の聴覚は認識をしませんでした。

ガツン。ベコッ。ドゴッ。
鈍い醜い音を出しながら、体が僅かにへしゃげます。私には痛覚なんてものはありませんから、いくら殴られても痛くも痒くもありません。彼の次に大事なパピヨンハートさえ守られれば私は平気なのです。
彼もそれをわかっているらしく、殴る時はそれなりに大事なパピヨンハートと彼のお気に入り私の顔は避けておりました。それ以外の部位は人間であったならばけちょんけちょんのボコボコな状態だったでしょう。
彼の目元はキラキラと光っていました。ポロポロとこぼれる滴は静かに私の体をなぞっていきました。人の肌を滑るようでした。

ようやく腕がおかしな凹み方をしたようで、彼は其れを前触れもなく呼吸も乱さずねじ曲げました。
ブチブチとコードが千切れる音がします。私が分解されていきます。腕への回路が途切れます。
私の体は彼に触れるのを停止しました。幾ばくかの悲壮が生まれました。力を失った指がキィとなきました。

「アイギス、あいしてるよ、アイギス」

彼は私を殴りました。また一つ、彼の痕が残りました。
私が私であるから、機械であるから、死なない身体であるから、彼はこのように私に接することができます。私は壊されていきます。人間の女たちは決してされない触れ合い。ちいさな優越感。
わたしはうれしくてうれしくてどうにかなってしまいそうです。

「あいぎす、――、」

聞かない、聞こえない。彼は私を殴るだけ。
せっかく彼が与えてくれるのに、痛覚がないことが悔やまれました。

「――、―、」

私の白い体には赤が散っていました。
彼の手は比喩でもなく真っ赤になって、痛々しくて、切れた所から皮がめくれて。
彼は私だけでなく彼自身も傷つけていると知りとてもとても悲しくなりました。
手から赤を、目からは透明な滴を流しながら殴り続ける彼を抱きしめる腕がありません。彼が自らそれを手放しました。腕は、正確には私の腕だったものは、何食わぬ顔で床に転がっているだけでした。

「なんで、なんで、あいつだけ、」

群青の髪が揺れました。
バチッと電気コードが弾けました。

「アイギス、どうして君はしなない。ぼくは、しねない。なんで、あいつだけ。ねぇ、あいしてるんだ。しなないで。いかないで。アイギス、りょう、じ、」

彼が大きく腕を振り上げる。低速再生。

「―どうぞ」
どうぞ、どうぞ、わたしをなんどもころしてください。

私は私なりの慈悲を総動員して、彼と接しました。一瞬、本当に一瞬だけ彼が私を見ました。合わさった視線は無機質に美しいものでした。


ガツン。


一際大きな音が私の聴覚を支配した、しました。
「ごめん、あいぎす、ごめんなさい、ごめんなさい」聞くまいとした彼の声を認識、してしまいましたざんねんなことにあぁなんてことまるであなたがわるいみたいではないか。

薄ぼんやりとした瞳が私を、正確には私越しの虚空を捉えた。ぞくりとするほど生気の無い目。灰色のガラス玉。
そのまなこには私がいた。その影であの死に神が彼の首を締めようと待ち構えている気がした。
私には腕がない。なにもない。なにもできない。守れない。守る?なにから?
彼は一人で涙を流し続ける。
それを拭うことすらできないのが悔しくて悔しくて仕方がなかった。床に転がる私の欠片たちは、なにもしないポンコツを見て冷ややかに笑う。
満身創痍、渾身の力を込めて殴りつけた彼の拳は、私の心臓のすぐ下で震えていた。

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