会議中にも関わらず、綾時が待っているか待っていないのかが気になって仕方がなかった。本当に待っていたらどうしようか。一緒に帰るしかないのだけれど。教室に一人残した彼の姿が思い出される。
もし彼が待ちくたびれて帰ってしまったら。もし他の女子と帰ってしまっていたら。夕日の中で一人待つ彼を瞼に描き、胸にわだかまりができた。
席に座り待つ彼の姿。日が落ちたら、そのまま闇に溶けてしまいそうだった。窓の外には水平線のやや上で赤々と輝く太陽がいた。

気になりだしたらそれは恋の芽生えかもしれない。そう誰かが言っていた。なら己のこれは恋なのだろうか。馬鹿らしい。




時は先刻。少年は取り立てて意識を集中させるでもなく綾時を目で追っていた。わかったのは女子が大好きなことと、端正な顔をしていることと、生え際が心配なくらいだった。
ファルロスに似てなくもないと思い、そういう点で気になってはいたが、あのかわいいファルロスがこんなたらし野郎になるとは思いたくもないし何よりファルロスに失礼なので、これについては否定しておく。
綾時はくるくると表情を変え、女子から女子、たまに順平へと飛び回る。黄色はひらひらと教室で舞踊っている。帰り支度を済ませたクラスメイトたちに惜しむことなく挨拶と笑顔を振りまいている。
見ていて飽きないな、と少年は望月観察に勤しんでいた。
特に何かを期待していたわけでもない。本当にただ、耳から耳へと音がすり抜けるように綾時を見ていた。だから、黄色が目の前で止まったことの意味もすぐには頭に入ってこなかった。

「ねぇ、ねぇ、ねぇ!今日は一緒に帰れるかい?」

視界に突然降って出た、瞳の丸いスカイブルー。それに少年の頭は覚醒した。そしてこれまでされた何度目かの質問に肺の空気を一気に吐き出した。

「今日は生徒会があるから無理」

ひらひらと適当にあしらう。こんな自分と帰ってなにが楽しいのかと少年は疑問で仕方がない。一緒に帰っても会話の一つ盛り上がらないだろう。根本的に綾時と少年の性質は異なっている、はずだと思っている。分かり合える気がしない。少年にとってはもの好きと呼ぶ以外の何物でもなかった。
荷物をカバンに詰め込み、席を立つ。
えーと非難する声がした。

「今日こそはさ!ね!」
「女子と帰ればいいだろ」
「君がいいの!」

きゃあと女子が騒いだが気にすることはない。気にしたら負けである。すがりつく綾時の決死の懇願にも動じることなく少年は背を向けた。他にターゲットを変えるだろうとも思った。
しかし視線は申し訳程度に、けれど残酷に脳裏に突き刺さる。見なくてもわかる。きっと捨てられた子犬のような顔をしている。ついでに言うとまだ教室に残っている級友たちからの視線が痛い。後ろ髪引かれる思いに少年は鞄を抱え直した。

「望月」
「は、はい!」
「終わったら戻ってくる」
「えっ」
「いつ終わるかわからないけど、待つ気があるなら待ってろ」

瞬間、綾時の肩が震えたように思えたが、綾時がどんな顔をしたのか、どんな答えを出すのか、知るより先に教室を後にした。








「すみません、あとお願いします」

そして今、突然席を立った少年に周りの役員は目を見張った。その彼らに少年は軽く会釈をし、筆記用具をカバンの中に放り込む。日が沈みかけている。時計の針はずいぶんと進んでしまっていた。
これが恋の第一歩だというのなら、己は相当乙女じゃなかろうか。あぁ本当にばからしい。少年は自分自身に呆れかえりながらドアへ急いだ。
もし帰っていたら。かまわないけれど、でも。慌ただしくドアを開けた。燃えるような校内が目を刺す。窓ガラスは光を反射する。中を見ること叶わない。どうか居てくれますように。
廊下を挟んだたった数メートルが、息も切れるほどもどかしかった。

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