まっしろに覆い尽くされた世界は、命運を決める今日に、ある意味では相応しいと思った。寝静まる世界で静かに審判が下される。
私はその審判を下す彼と、寮の前の階段に二人で腰掛けていた。外で待っていると言ったのは彼で、それに付き従うと言ったのは私のほうだ。中にいても外にいても時間の経過は変わらないと言い訳じみたことを思ってみたりもしたが、お互いにただ待つのが怖かったからかもしれない。それに今、彼をひとりにしたら、なにかが壊れてしまいそうだった。
彼のいつもの無表情が辛そうに見えたのは気のせいではないのだろう。

無音の中、ふいに視界の隅で彼の腕が動いた。私の手に彼の手が添えられたのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
求められたことが嬉しい。でもそれは、それはわたしの役目ではない。
思わず手を離そうとしてしまう。手を握ることも、あたためることができるのも、きっとあの宣告者だけなのだ。

「ごめん、嫌だった?」

まさか、と即座に首を振る。
最近覚えた人間らしい仕草。

「よかった」
「でも、私の手、すごく冷えてますよ」
「そんなことない」

咎める声も聞かず、彼はぎゅっとわたしの手を握った。キシ、とわたしの指が鳴った。嬉しいのに、人の指では決して鳴らないその音の憎らしさのほうが勝っていた。

「ごめん」

なぜ彼が謝るのか。なにに罪悪感を感じる必要があるのか。彼は悪くない。何も悪くない。謝らないで。回路が痛い。
赤く冷えた彼の手はそれよりもさらに冷えている鋼鉄の指に重なって、きっと冷やされているに違いないのに、それでもあたたかいと言う彼の心を知ることができない。悲しい。白を映す彼の瞳は、私に悲しさしか生まなかった。私が人だったなら、心を理解できたのかと雪を握りしめた。
どんなに握っても、手の中の雪は一向に溶ける気配がない。体温の無さを確認し絶望したところで、ねぇ、と聞き逃しそうなほど微かな声がした。

「もし雪景色に花が咲いたなら、綾時と3人で見に行こうか」

彼は屈託なく笑った。直ったばかりの回路をキリキリと締め上げられる。
表情とは反対にぎゅうと一層強く握る彼の手、そのちいさくおこされた振動をわたしは逃さなかった。

「…絶対、私も一緒ですよ。綾時さんと2人っきりなんて許しません」
「だから3人でって言っただろ?」
「約束ですよ」
「あぁ、約束」
「忘れないでくださいね」
「覚えてるよ、大丈夫」

咲く花などありはしないのに、笑って、彼は白い息をまた少し吐いた。
しろい世界。しろいしろい世界だった。雪は私の見えるすべてを覆い尽くしていた。極彩はしろの下で眠り続けている。死神の見なかった極彩。

「春、はやく来ないかな」

花が香るように彼は笑った。どうしてそんな風に笑うのか、私には理解できなかった。普通なら心を満たすその笑顔が今はただ苦しい。こんな、こんなふうに笑う人だっただろうか。感情をすべて削ぎ落としたような、忘れたような、美しく悲しい。

「綾時は死ぬこともない。綾時を殺すこともしないよ」
「それは、」
「おたのしみ」

私を握る彼の指先は、感覚を失ったのかもうぴくりとも動かない。彼の心も雪に埋もれてしまったような気がした。白い横顔は苦しくなるほど綺麗で、見るのが怖くなった。
彼の感覚がどんどん薄れていく。白くなっていく。
日は落ちてしまった。もうすぐ終わりが扉を叩きに来る。彼のおぼろげだった瞳は、来る人を見つけるために鋭さを帯びた。

「そばにいて、アイギス」
そうすれば耐えられるから

彼が一番辛いのに、泣けばいいのに、結局一度も弱音を吐き出すことはなかった。日付が変わっても、きっと彼は泣きはしまい。いっそ私が彼の代わりに泣いてしまいたいのに、流し方なんてわからない。悔しくて、思わず顔を背けた。欠けてしまった彼になにもしてあげられない。あたためることもできない。人でないことが悔しい。彼から抜け落ちたあの少年の変わりになれないことが、たまらなく悲しい。

それから、白い世界が月光に照らされるまで、この景色にあの黄色が咲くまで、わたしたちはずっと彼を待っていた。
今すぐに雪解けが来て、春になって、埋もれたものがすべて芽吹いて、三人で笑えたらと、ありえない理想だけを心で描いた。








(12月31日)

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