見慣れたベルベットブルーに見慣れないベルボーイ。
はて、あの最凶天然エレベーターガールはどこへ行ったのかと視界を巡らせてはみたが彼女はおろか部屋の主人すらいない。常ならばエリザベスがいる場所には正体不明のベルボーイが背筋を正して立っている。彼女が端麗であるのと同じように、この男性もまた端整な顔立ちをした人だった。じっとこちらを見つめる彼の視線が皮膚を這いずり居心地の悪さを覚える。沈黙を保っていても拉致はあかず、逃げるように声を出した。
「なんなんですか、あなた」
「あぁ、これは失礼いたしました。私、テオドアと申します。この度は姉エリザベスと我が主に許可をいただきこちらに参りました。以後お見知りおきを」
格式張った様子で自己紹介をしたベルボーイは、職業よろしく静かな声色をしていた。おそらくはマニュアル通りの角度で頭を下げたあと再び背筋を伸ばし凛然と立つ。その姿は絵になり、よく猫背気味と言われる自分とは大違いだと少しだけ羨望した。
彼はエリザベスを姉だと言った。彼の琥珀色の瞳も銀の髪も彼女のそれによく似ている。確かに彼女の弟なのだろう。青の部屋で一際目を引く存在であることも、感情を隠した事務的な声も本当によく似ている。
「…ペルソナを出しに来たんですが」
「生憎、私は私の客人の全書しか持ち合わせておりません」
小脇に抱えた分厚い全書は自分のものではないらしい。よその管轄だからと役所の窓口で追い返される気分とはまさにこれだろう。職務怠慢である。
だったら何の為にいるのだ、使えない人だなと思ったがそんなことは口が裂けたって言わない。言えない。なんせこの一見飄々としたベルボーイはあの彼女を姉とするらしいのだから、インフィニティ必須のメギドラオンをぶつけられたとて不思議ではないのだ。
「少しお話をしませんか」
能力的順位において勝利が危うくなった時点で己に拒否権はなかった。
「姉上が自慢する客人とはどのような方かと興味を持ったのですが…」
いやはやと顎に手を添えスルリとなぞる。わずかに表情筋を動かす芝居掛かった仕草に眉根を寄せた。
琥珀色の瞳は何も捕らえてはいないように見えてそのくせ己を見ているのだから気分が悪い。耳に慣れたエレベーターの上昇音が水たまりのように内部を浸食する。相手が黙れば自然と息巻く音は無くなり、この部屋には二人しかいないのだと思い知らされた。
「私の客人のほうが魅力的ですね」
満足げに頷いたベルボーイにため息が出た。少し肩肘を張りすぎていたのかもしれない。全書を一撫でした繊細な指先の動きに彼女を思う彼を見る。営業スマイルを欠かさない彼は思っていたよりも人らしかった。
彼の言う客人とは、己の頭の片隅で微かに存在を鼓舞している赤い髪の少女であろう。話したことも対面したこともない少女。一握りのもやに薄らと映る、これっぽっちも知らない彼女は彼に愛おしみられているようだ。
「ノロケなら余所でやってください」
「少しくらいは自慢させてくれませんか。思考を与えられた者は誰しも、相手より何かしら優位に立ちたいと思うものですよ」
諭すように語る年齢不詳のベルボーイがたまらなく喜劇的な塊に思えた。ならばその授与された思考にのっとり、己は彼を羨望し妬む。
彼は弟だ。同時存在を許された者。彼、彼女はアニマでもアニムスでもない。決して交わることのない少女に思いを馳せ、眼前の優遇者を一瞥する。なぜ、と嘆いたところで事実は曲げられるほど簡易ではなかった。
「僕は、僕たちは、貴方がうらやましい」
トーンを抑え妬みを噛み殺す。
壁やテーブルやそこら中の青が恨めしいくらいに反射していた。
「それでもまだ優位に立ちたいと」
ベルボーイは何も言わなかった。ここの住人は揃ってポーカーフェイスの達人のようだ。彼は肯定も否定もしないまま、取り付けた微笑をぴくりとも動かさずにその琥珀色の瞳で何かを探り見ていただけだ。
こちらももう何も言うつもりはない。冷え落ちた回路がぼんやりと空虚と渇望を混ぜた。ただ感情起伏が曖昧な彼もやはり張り合ったりするのだと、それが意外であった。
「もう行きます」
「そうですか」
収穫はさしてない。
あるとすれば平等を怠った神に対する一抹の不信感か。いや、神などいないから不平等であったのか。
「失礼ですが、お名前は」
立ち上がりドアに向かおうとした時に、落ち着いたテノールが背を引っ張った。
「エリザベスから聞いてないんですか」
「お互い秘密主義ですから」
相変わらず作り物なのかそうでないのかわからない笑みを顔面に貼り付けてこちらの様子を伺っている。エレベーターの規則正しい上昇音。連続。
教えたくないと思った。教えたら負けだとも思った。なんとなく、この少々人間味が垣間見える住人に対抗心が出てきたのかもしれない。
「…貴方の客人になった時にでも」
挑戦的に唇の端を吊り上げる。
おや、とベルボーイが笑う。
彼は確かテオドアと言ったか。
覚えておこう。テオドア、テオドア。頭の中でベルボーイの名を反芻する。彼はこちらの名を知らぬが対するこちらは知っている。少し優位。小さな優越感。知識を脳に打ちつけて今度こそ彼に背を向けた。
「お待ちしております」
背を押す声を聞きながら、扉から流れる光の渦に身を投じる。見えない視界の裏側では笑みを湛えたテオドアが深々と頭を下げていた。
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あわ様リクエスト、テオドアと男主でした。
自由にとのことでしたので自由に妄想を働かせたらゲームシステムに触れる内容になってしまいました。おうっ
テオドアの絡みは考えたことがなかったのでご期待に添えれるか不安ではありますが、リクをいただいてなるほどそれがあったかと!新たな萌を開拓できて楽しかったです。
ありがとうございました!