この墓地を見た後は都会のビル群が墓石に見えて、その瞬間ぞっとすると少年は言った。
墓地の高台から見た灰色の四角いコンクリートビルの羅列。それを墓石の連続と重ねた、その心理はこれからの出来事を考えてならば仕方ない。
街から死を感じて怖いとまるで占い師のようなことを言う。馬鹿げたことをと笑った。

「怖くて立ち向かえないか」
「―いいえ」

少年は綺麗に笑った。
そんな恐怖を現実になどしない。親友の墓前には、世界を救うと連絡を入れておいた。
彼が墓石と称した羅列と並びながら、それでも彼は凛としていた。彼は愛おしむように街を見、この平凡で大切な守るべき景色を背景に立つ、その姿を美しいと思った。
風が少年の髪と生けられた花々を揺らして駆けていく。
青空と菊科の花がよく似合う少年だった。





人影も少ない、灰色の石ばかり並ぶこの場所で彼に会ったのは本当に予想外としか言えなかった。少年についてはあまり深くは知らない。美鶴と生徒会の関係で面識のある普通の学生、というのが己の認識だ。
だが今は、墓地という日常から切り離された場所で出会ったからであろうか。少年が人ではない何かに思えた。彼を人と呼ぶにはおこがましい。たとえば神で、たとえば死者。
寮ですれ違い、少し挨拶を交わす程度の少年は、やはり掴みどころのない空気をまとっていた。

「なんでお前がここに」
「報告を、してました」
「報告?」
「はい」

律儀にも月命日に来た少年は己の親友と面識があったことを事も無げに言ってのけ、しかしそれ以上は何も言おうとはしない。そして言及されることを望んでいないように思えた。
無言でもってして壁を作り上げる。介入を拒むわけでもなく、ただこちらから進行を止めるよう差し向ける。
せんぱい、と呼ぶ低音は変わらず無感動。
常ならもう少し感情が乗っていたはずだ。怒気を孕んでいれば、呆れも焦りもあり、そして尊敬と慈愛に満ちた呼び声を覚えている(なぜ)

「もし、世界が死にかけていたって言ったらどうします?」
「…なんだそれは。謎かけか」

少年の問いかけはひどく難解だった。そして、笑いながら生きる灰色の瞳が一瞬強く死を帯びた。その瞬間だけ足が竦んだ。死んだ眼孔が立ち尽くす自分の脳を串刺した。
彼は何を伝えたいのだろう。何を言いたいのだろう。
何を知っているのだろう。

「冗談です。世界は死にません」
荒垣さんのおかげでも、あるんですよ

墓前に語りかけ再度微笑む少年に、かける言葉が存在しない。
彼は死ぬ、漠然とそう思った。墓地による相乗効果、蔓延する線香の香りに感覚が麻痺している。
彼と死を繋ぐことは容易く、更には寄り添っているかの如くに思えた。

「お前は死に損なったのか」

失礼なことを言っているとわかっていた。けれど言わなければナメクジのごとく這いまわる違和感を拭うことなどできなかった。あの日、彼は生きていたはずだ(これはいつの記憶だ)
一方、本人は嫌な顔をするどころかむしろ誇らしげに肩を揺らしていた。

「いいえ」


恐ろしかった。慄然とした。
晴天。立ちのぼればたちまち天の向こうへと到達する空の下にて少年は風に吹かれている。
彼を恐れているのか、まとわりつく死のイメージを恐れているのか。
こんなにも空は青いのに、対象的な青灰色の濁った瞳に吸い込まれて動けない。
死に損なってなどいない。ならば、それは。

親友の死を経験したからだろうか、このさほど交流の無い少年にすら心の底から生きて欲しいと思った。
菊の花は物言うことなく咲いている。生けられたばかりの花はたおやかに咲き、枯れゆく故に取り替えられる、輪廻(では少年は)

親友の静かに眠る場所で、不確定なものに怯える己が滑稽だ。
いっそ、馬鹿げたことをと笑ってはくれまいか。


「…今も怖いのか」
「何が、ですか」
「ビルが墓石に見えて怖いと」

いつか交わした会話。覚えている記憶の断片。墓石に重ねた彼の隣で。親友の墓前で。

なぜその会話をしたか、経緯は忘却されていた。

「いいえ」

数秒、しかし恐らくは0コンマ何秒の後、少年は綺麗に笑った。
初めて見る笑顔なのに、これが少年本来の笑顔だと知っている記憶に立ち眩んだ。


寒々しく吹き抜ける風が草花をなびかせては過ぎる。
過去に墓石と称されたこの何の面白みもない景色を背景に立つ彼はなぜそうも美しいのか。
地上にそびえ立つビル群。墓石の灰色。見知らぬ墓で枯れつつある仏花。親友の墓前で燃えている線香。
彼は愛おしむように世界を見ていた。その姿に見惚れて空を仰いだ。
青空と死がよく似合う少年だった。





(2月4日)

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