(平行世界的ななにか)














仄かな光に目を覚ました。うっすらと目を開け、その先に見つけた彼の姿に恍惚とした息を吐く。陽光にぼやけた彼の姿は滲むようにおぼろだった。差し込む光を背に纏う彼は目を見張るほどに美しい。

「これは夢?」
「さぁ、どうだろう」

ベッドの端に腰掛けた彼に、あの死神の子を思い出す。
彼が消えたのも、確かこんな朝だった。

「あなたの夢を見たの。あなたが消える夢」

時間の流れにすら朦朧とするこの空間では明確な意識が希薄になる。羊水に浸かる、ような、思考が、追いつかない。彼と私の境界線が曖昧になっている。漂う世界は私たちを複雑に交差させ、また弾いていたはずだったのに。
絡まった世界で隔離された私たちは、今や誰からの干渉も受けられない。己の感覚が全てだった。不完全な思考力で彼の存在を確かめる。

「あなたがいて、私が手を伸ばして。あなたも伸ばしてくれて、繋がったら、あなたが蝶になって消えた」

指と指を絡め合った。私のわずかな震えが振動して伝わっていることだろう。触れた指の感覚に彼は現実にいるのだと知る。夢はやはり夢だと安堵してみても、いずれ正夢になるのは真実で、避けようのない現実だった。
彼が少し身をこちらに寄せると、青い空気が少しだけ波打った。

夢うつつに彼を見上げる。笑った、気がした。
脳で彼の消えた場面がリピートされる。
やさしく笑んでいた。輪郭は粉々になって溶けた。

「大丈夫」

彼は子守歌のように言葉を紡ぐ。
まどろみの中の暖かなテノール。もう何度も三日月を描いた唇。世界に歌った愛はおよそ検討もつかない。少なくとも、彼は私よりも世界に恋をしている。
嫉妬、ではない。世界とはまさに全てを含んでいるのであり、私もまたその世界の一部に入っていると知っている。

ふいに彼の顔が視界を占めて、額にあたたかなくちびるが触れた。
やわらかいキスは何とも言えない浮遊感。ふわふわと拡散する視界で現実が混濁している。

「大丈夫」

逆光で陰り、彼の顔が見えない。表情がわからない。が、おそらく夢と同じように優しく笑っているのは容易に想像が付いた。彼とはそういう人間なのだ。
陰のせいでいつもより暗く見えている髪の色。
暗い青。深い海の色。光が当たる外側は明るく、白んでいた。彼が同化していくようだった。否、同化はすでに始まっていた。

「消えないで」

ほどけぬほど固く指を握り締めた、ずいぶんと乱雑なわがまま。
彼が世界に溶けるまでは五感全てで彼を感じていたいとそつに願っていた。

「僕がなんとかする」
「ううん、ずっと消えちゃだめ」
「少し待ってて」
「お願い」

彼の背中越しに見た窓の外の世界は今日も美しく、少し憎らしかった。あの世界は彼だけを連れていく。彼が浮上するのを引き止めるように、今度は強く強く抱き寄せた。果たしてこれで彼の消失が引き止められるわけもなく。
私の世界も彼の世界も、等しく彼に守られる。私には彼の変わりに生きる道だけが残されて、彼の物語は終わる。彼に与えられた永遠は人類が求めるものとは程遠い。それは私の有限の生よりもずっと重く、暗く、寂しい。

「お願い」

少年が世界に成り果てた後でいったい私は何に向かって駆ければよいのかと再三考えてみたが、答えはどこにもない。
私たちが投げた奇跡の矛先が世界にどんな痕を残したのか、私はそれを見届けねばならない。彼が見れなかった未来を私が見なければならない。
彼が守る世界は、彼が守っているのだから、幸せでなければならない。

彼の手が視界を覆い、暖かな闇が広がった。
再び安らかな眠りへ帰還する。蝶が空を舞う夢を見る。終わるはずの物語の先を、まだ続けなければ。
もう見れない彼の顔は最後まで笑っていた。恋い焦がれた楽園の行く末を彼が知ることはなかった。

そうして私は、春空の下で静かに息絶える彼を思う。







(私が今笑うのは、私が少年の夢であれと祈っているからだ)

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