世界を美しいと思ったのは世界を直接感じることができたからだと、今になってようやく理解した。あの頃の僕はすべてが眩しくて、彼といた日々は目を背けることができないほど煌めいていた。
愚か者はどこまでも愚か者だと知っている。馬鹿は死ななきゃ治らない。その死ぬチャンスを捨ててまで僕は彼にすがりついたわけだけれど。
さてこれからどうしようか。

君は優しすぎると誰かが言った。
背中で誰かのすすり泣きが聞こえた。


気づくと黒髪の少年が立っているのがわかった。ちょこんと乗っている泣きボクロの上を水が伝っている。
泣くなよと言ったら、君が苦しんでいるからと余計にぼろぼろ泣かれた。
どうしよう、困ったな。僕は手を伸ばせない代わりに、精一杯彼を思った。
彼は僕の感情を全部持ってったみたいによく笑ってよく泣いて表情豊かなヤツだから、今も僕の変わりに泣いているのかと思ったらすごく申し訳なくなる。こんなこと、彼が泣いていい理由にはならない。悪意が叩きつけられる体が気持ちのいいものでなくとも。
彼の泣き顔は心の気持ち悪いヘドロのような部分をぐるぐるとかき混ぜながら、僕に悲しみを排出させる。僕は彼を泣かせるためにここにいるんじゃない。僕が望んだものはコレではない。

悲しいなんて感情がまだあるのが意外だった。まだ僕は人間だった。
他にも笑ってほしい人がたくさんいた気がした。みんなはどうしているだろう。

「君のいない世界なんて、僕は守りたいとは思わないよ」

ぐずりながらも、はっきりとした声色で彼は話し続ける。神でもなくいずれ人でもなくなる僕に存在する唯一の意味を与えてくれる死神は僕のために泣いている。

今ここにいる理由は彼の傍にいたいというそれだけのはずなのに、それすら本当かわからなくなった。石化した脳からはもうなにも叩き出されて来ない。たぶん、僕は彼が好きだった。なんせこの離しがたい胸の苦しさは、彼を思ってのことだから。

きっとこれからもいろんなものが無くなっていくのだろう。感覚とか感情とかそういうのも全部消えて、ただの石になって、それは別にどうだっていい。僕が無くなることは構わない。問題なのは彼がひとりぼっちになるということだ。ダメだ。嫌だ。それじゃあ、意味が、ない。ならば僕は僕でいないといけない。
記憶は無情に零れ続けた。彼はさめざめと泣いていた。
僕が苦しいと思えば思うほど彼は容赦なく泣き続ける。どうせならこの感情が無くなってしまえと心の底から思う。微動だにしない涙腺が忌々しい。どうして彼に泣いてほしくないのかも、もうわからない。無望にも僕は埋没した。

あの頃とはいつだった。みんなとは誰だった。
彼は、誰だ。

止まぬ崩壊は果たして世界の英雄に与えるべき報酬か。
全部忘れてしまうのか。
ごめん、ごめんと意味をなさぬ謝罪が壊れたレコードのように軋み続けただけだった。

濁った記憶にひたすらこびりつく彼のことを、忘れたくないと思った。
僕が僕を忘れても、みんなが彼を忘れても、僕だけは彼を覚えていたかった。

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