海岸沿いの一車線の細い道路、そのセンターライン上をゆっくりと歩く。
夜明け間近のまだほんのりと薄暗い海辺には人の姿はなく、あるのは湿り気を帯びた海の風と納屋のような錆び付いたシャッターを下ろしたままの何かの店舗跡のような建物がぽつりぽつりと。
車も通らない。
遊泳を禁止された海にくる人間など、迷い人かはたまた危ない人か、若しくは釣人あたりだ。
轟々と風が耳元を駆け抜ける。
物音らしい物音と言えば小波とサンダルのラバーが時折道路上の砂を踏む音くらいで、喧騒を煩わしく思う自分には心地良かった。
そうして穏やかな気持ちで波にさらわれた砂浜を見ていたのが悪かったのか、緩やかな曲線を描くセンターラインを踏み外してしまって、もうそこを歩く気がなくなってしまった。
ならばとそのまま道路を逸れて歩道を越え、砂浜に降りてみる。
砂浜は音も無く体重を受け止めて僅かに沈んだ。
なるほど、これは歩き難い。
ふわふわとおぼつかない足取りで数歩歩いてみたが、足の裏とつるりとしたクッションの間を滑る細かい砂の感触が嫌ですぐにサンダルを脱いでしまった。
指の間に砂が入り込んで、自然とその違和感にぎこちなく指の股の間隔が開く。
そんな悪戦苦闘をしながら砂浜を歩いて更に数歩、指先を温い水がつついた。
波打ち際だ。
お世辞にも綺麗とは言えない濁った水はそれでも呼吸のように引いては寄せてを繰り返している。
引いた水は地平線を越えた向こう側の海岸に寄せているのだろう。
まるで陸地同士の綱引きみたいだ。
そんな事をぼんやりと考えていたら、存外体が冷えてしまったらしい。
ぶるりとひとつ身震いをして踵を返そうとしたところで一声。


「綺麗だね」


振り向かなくても声の持ち主がわかるのは一緒に居過ぎたせいか。
そのまま無言で海を眺めていれば、声は少しずつ音量を上げて流れるように続いた。


「夜明けの海ってさ、昼間のキラキラした海とは違って…何て言うのかな、…夜空みたいな?」


直射日光を受けない水面を眺めれば、それは確かに柔らかい煌めきを繰り返す星のようでもあった。
これが真夜中の海であったならば空と海の境界線は更に曖昧で、より夜空のようだっただろう。


「お盆を過ぎた海には入っちゃいけないよ」


唐突とも言える突拍子の無さで、声は告げる。
何が言いたい。
そう応えるようにして振り向けば、存外声の持ち主は近くまで歩み寄っていたらしい。
そっと抱き込まれてしまって身動きがとれなくなる。


「帰って来られなくなっちゃうんだって」


「僕はまだ君を渡す気はないよ。…離す気もない」


「だから、ね?そろそろ帰ろう?…ほら、こんなに体が冷えちゃってる」


抱き寄せられ促されるまま歩を進める傍らで、綾時がそっと囁いた。


「母なる海だろうが何だろうが、そんなものに君をくれてやるもんか。君は僕だけのものなんだから」


















- - - - - - -
一緒さん宅から。

海や砂などの自然表現にはすんはすんです。
夜の似合う綾主にどきどきしました。はぁはぁ…
素敵な残暑お見舞いありがとうございました!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -