別に綾時のために作ってきたわけではない。その場に偶然居合わせたのが綾時だった、そんな理由。
偶然、というか、屋上まで綾時が勝手についてきただけなのだが。

玉子焼きを嬉しそうに食べた綾時を複雑な心境で見、そして今黙ってしまっている本人に再びふつふつと苛立ちがこみ上げてきた。
弁当をお得意のおねだり顔でねだった挙げ句、「あーん」までさせて一口食べて何も言わないというのは戦線布告ととるべきか。
自分が珍しく作ってきた弁当に興味があったらしい綾時は、図々しくもたかる気満々で後を追って来た。その意気込みは評価しよう。夢の愛妻弁当とふざけたことを口走る綾時に上等だと言わんばかりに拳を一つ味あわせて、そのうるさい口に玉子焼きを突っ込んでやった。食べさせてやったというのに、ノーコメントとはどういうことだ。
綾時が嬉しそうに玉子焼きを頬張り、それを嚥下したところまでちゃんと見た。食べていないはずはない。
綾時は飲み込んだまま動かない。何か言え。

ひょっとして不味かったのだろうかと考えた。山岸と料理レッスンを重ねるうちに彼女のスキルが移ってしまったのかもしれない。
試しに自分でも一口食べてみるが、別段変わったところはない。普通の、一般よりは少し甘めのまごう事なき玉子焼きだ。ということは味覚が狂ったのか。最近彼女の料理が上達したと思っていたが、単に舌が慣れただけなのかもしれない。

「あ、あの…!」

視点の定まらなかった綾時が、しかと俺を見た。こんな真剣な顔ははじめてだった。
よし来い。覚悟はできている。
せっかくだし、他人に正直な感想を言ってもらうのもいい。不味いと。
いや、自分は不味いとは思わないのだが。

「僕のために毎日お弁当作ってください…!」
「…は?」

たかられた。


「これすっっっごく美味しい!このふわふわ感とか、焼き加減とか。あと味!甘くってすごく僕好みで!!」
「そ、そうか」

目をキラキラさせた大きな子供に至近距離でせきを切ったように賛辞の言葉をまくしたてられて、どうしていいかわからない。
不味いわけではないらしく安心したが、自分の好みと綾時の好みが同じなのは発見ではあるが、しかし近い。
玉子焼き一つでここまで感動できる綾時はやはり大物だと思う。

「ね、他のも食べていい!?」
「いい、けど…」
「ありがとー!!!!!!」
「ばか!はなせ!!」

食うか抱きしめるかどっちかにしてほしい。もう少しで弁当をぶちまけるところだった。

「お嫁さんに欲しい…!」
「あーもう!さっさと離れてさっさと食え!」
「はい!じゃあ、えっと…いただきまーす!」

以降弁当を幸せそうに食べる綾時に癒されたのは、悔しいので本人には内緒にしておく。






(「俺のぶんは残せよ」「あ」)

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