帰ってくるなりお腹がすきましたと言ってソファーに沈み込むこの可愛げのない後輩の対処法というものをいまいち俺は知らない。瞳のブルーグレイはいつも通りの無感情。尚、珍しく早い帰宅の理由は少々気になるがコイツの空腹度合いは別に知りたくもない。
片手に引っ提げたビニール袋になにが入っているかはわからないが、腹が減ったのに取り出さないということは菓子の類ではないのだろう。つまりこの状態で空腹を訴えることは即ち遠回しに何か食材を恵めということを意味する。
呆れと面倒くささが同時に突撃してきたようで顔をしかめる他なかった。面倒くさいのはあのプロテインバカの幼なじみだけで充分だ。

「荒垣さん」
「なんだ」
「ハンバーグが食べたいです」

予想通りの台詞に自分を誉めてやりたくなった。

「作れってか」

当然とも言える、むしろ察せられたことに感謝してもいいくらいの質問を投げかけたというのに、相手には否定でも肯定でもない、キョトンとした顔をされただけだった。作ってくれないの?とでもいいたげな視線を向けてくる。
俺に作らせること前提の発言だったらしい。冗談じゃない。俺はコイツのコックになった覚えはない。

渋い顔をして睨みつけると「あぁ」と男にしては大きめな目を少ししぱたかせ、次には手持ちのビニール袋が音を立ててテーブルに置かれていた。

「材料ならあります」

何を勘違いしたのか俺の視線を材料の有無を咎めるものだと思ったらしい。ポジティブシンキングもいいところだ。
袋の中にはハンバーグを作るに足りるものが入っているようだった。よほど食べたかったのか。わざわざ買って来たとはご苦労なことだ。食われる覚悟を決めかねているひき肉が申し訳程度に覗いている。

「自分で作れ」
「お腹がすいて動けません」

ぐでんとテーブルにだらしなく伏せる姿はふやけたワカメのようだ。これがあのタルタロスでの勇猛果敢なリーダーと同一人物なのかと思うと複雑な思いにさせられる。コイツは学校でもこんな感じなのだろうか。女子が騒ぐ容貌もこのだらしなさでは台無しだろうに。

何の反応も示さないでいると、俺に作る気がないと感じたようで、しゅんとうなだれ寂しそうに顔を歪めていた。やや小さめの身体が更に小さくなったように思えて、ちくちくと胸を突く痛みは防ぎようがない。ラウンジの静けさが辛い。

ぐぅと気の抜ける腹の虫が俺の足を動かす合図となった。

「…作ってやるから少し待ってろ」

あの顔であの音を出されて尚、素知らぬ顔ができるものがいるのならぜひ会ってみたい。

「わーいあらがきさんだいすきー」
「せめて抑揚をつけろ」

ワカメから人間へと脱却した調子のいいリーダーはさておき、重い腰を上げて料理の準備に取りかかることにして、まずはとビニール袋を漁った。が、一人分にしてはやけに多い気がする。
寮メンバー全員分を作れという無言のメッセージも内包済か。振り向くと少年の無表情がなぜだかニヤついているように見えた。
「そういえば最近みんなで食べてませんね」
だからなんだと言うのだ。白々しい。
始めからこれを狙っていたのか。早く帰ってきたのもこのためか。
…いいだろう、今日はみんなで夕食だ。

「おい」
「はい」
「今日は飯食わずに帰ってこいって全員にメールしとけ」
「!」

途端、少年の空気が明るくなったのは明らかだった。
普段無表情で思考回路の一端すら露見されない少年の貴重な反応に内心で驚いた。と同時に、皆と食べようと(俺を巻き込むのはいただけないが)わざわざ裏で根回しをした少年の行動が意外で、それほどここを気に入っていることを嬉しく思った。
そう言ってくれればいいものを、コイツも不器用な人間らしい。
そしてその笑顔にドキリとした。そんな顔もできるのか、と。

「荒垣さん愛してます!」
「うっせぇ!」
抑揚つけるんじゃねぇ!
「お手伝いします!」
「動けんじゃねーか!」

眩しい笑顔を振り撒く後輩の対処法などこれっぽっちも知らないが、とりあえず今は振り向くものか。今の自分は少年と同じくらい締まりのない顔をしているに違いない。わざとガサガサとビニール袋の音を立てて気を紛らわせた。

「みんな荒垣さんの料理大好きなんですよ!」

後ろではしゃぐ後輩の誉め殺しの追撃に、嬉しさと照れくささが混じってどうしようもない。
少年の滅多にない笑顔をしかと見ておきたいと思う。あの顔が見れるならわがままを聞いてやるのも悪くない。しかし振り返り自分の顔を見られればからかわれるだろう。
痛い矛盾に板挟みになりながら、キッチンへと足早に逃げた。その間、少年の好きな味はなんだったかと考えている自分の思考回路もなかなかどうして謎だった。

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