それはガラス窓だったり水たまりだったり、とりあえず鏡の変わりを成すものであればふとした瞬間に起こるのだった。
その始まりと終わりはグラデーションのように曖昧で、気づいたら彼になり私になっていた。


「  」


少年の声は聞こえない。
彼は私に向けて何かを言っているし、私も声を発してはみるのだが、残念なことに声の振動が壁をすり抜けて届くことはないようだ。

映るはずの私はそこにはいない。
変わりに青い髪をした少年がいる。
周りの風景は鏡に映る像そのままに、しかし私の場所には別の少年が映っている、それだけのことだ。

この不可思議な現象が始まったのは私がここに転校してきてからだと記憶している。
よくある、といっても日常茶飯事というほど頻繁に起きているわけでもない。週に1、2回程度のものだ。
友達はこれをおかしいと言う。まったくそう思わない私自体がおかしいのかもしれない。
最初は驚いたのは事実だが、まぁそういうこともあるだろうと取り立てて気に止めたこともなかった。何より私には起きて当然のことのように思えたのだ。少年が私であることも、私が少年であることも。およそ他人にはわからないだろう。

向こうには相変わらず無声映画のような世界が広がっている。
どんなに目を凝らしても耳を傾けても声が聞こえることはない。そして気づけば少年は私に戻っている。
この行為のなんと不毛なことか。
本来ならば知れるはずの互いの情報を、名も、声も知ることができないのがもどかしい。

だが、手を伸ばそうとはしなかった。
この映し鏡一枚が私たちを分け隔てる唯一の境界線であり、本当に壁はあるのか、境界線はあるのかを知るのが怖かったのかもしれない。
彼に触れることができたならと何度も思った。だがもし境界などなく触れ合えてしまえたのなら、互いの、あるいはどちらかの世界が壊れる気がした。そして境界があったらあったで落胆するのだろう。
ならば何もしないほうがいいのだ。
しかしいつか無音の世界から解き放たれ、彼の声が届く日を私は心待ちにしている。
あぁ不毛。

互いの干渉を許されない平行世界を知りながら、今日もガラスに目を向けた。

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