今日は男達の戦争。所謂バレンタインだ。お互いに意中の(あるいはそうでない)人からの甘いお菓子を貰う貰わないで一喜一憂しある種のステイタスとするあのイベント。
かの少年にとっては「どうでもいい」で済まされるイベントかもしれないが、順平にとってはそれはもう一世一代の大イベントである。

「へーへー、リーダーは相変わらずモテモテでございますね」

ちらりと視線をそらせば、左隣の席にはいっそ羨ましくないくらいこんもりとチョコレートが積まれていた。シンプルなものから明らかに「本命です!」というラッピングまで多種多様だ。まったくもってすごい男だ。
俺か?俺は…聞くなよ。

「別に…欲しいならやるよ」

あまりにも見つめていたからだろうか、そんなことをほざき始める。これがモテる男の余裕というやつか。
こちらにはそんな余裕これっぽっちもないが、丁重にお断りしておいた。友からのおこぼれを貰おうとするほど腐ってはいない。

「お前、ちょっとは喜んだらどうだ」
「これでも喜んでるつもりだけど」

眉一つ動かさないで「嬉しい」などと言われてどう信じろというのだ。女子はそういうところがクール!素敵!とわぁきゃあ言うが俺にはさっぱりわからない。
まぁ、人並みに喜んでいるのは本当だろう。ちょっと、というかかなり表に出せないだけで。コイツはそういう奴だとこの一年を通して学んだのだから俺も対したものである。

「でも」

一瞬伏せられた顔が悲しそうに見えて「ん?」と思ったが、ためらった後に発せられた言葉に愕然とした。

「好きな奴からは貰ってない」

「はぁ!?」

思わず声が上擦ってしまった。まさかとは思ったが。恋愛に無頓着な奴だと思っていたのになんということだ。あのカリスマ様に本命がいたとは驚きだ。
いや失礼な話だが、コイツは老若男女交流が広いくせに「コレ!」というような場面を見たことがないのである。自分でいうのも何だが一番コイツの傍にいる俺が言うのだから間違いない。
おまけにその子からは貰ってないという。これはよっぽどの強者にちがいない。
誰だ?ゆかりっちか?それともゆかりっちと仲のいい山岸風花とかいう子か?あぁ、ひょっとしたら難攻不落と名高い生徒会長様かもしれない。

「誰だよお前を魅力したやつは!言えよ!今なら伊織順平アワーをやってやる」

「遠慮する」

相変わらず憮然とした表情でひらひらと手を振ると、ガサガサと紙袋に乱暴にチョコを詰め始めていた。コイツ逃げるつもりだ。
こんなところで美味しい獲物を逃しては男が廃るというものである。今日はもうチョコでもなんでもいいから収穫が欲しい。とにかく食い下がれ、俺!(そして明日友近にバラしてコイツをからかってやろう)

「誰に貰いたかったんだよ!」
「あぁ、貰うっていうか…あげる?」

なんでそこで疑問系。
というかあげるだと!?今流行りの逆チョコというやつか。
これはますます気になる。

「ヒントヒント!」

はぁ?と小首を傾げられたが、違和感がないから困る。俺が小首なんか傾げたら気持ち悪いとゆかりっちあたりから弓の的にされるだろう。
これがカリスマの魅力かとチョコの山と見比べながら一人で納得していた。さて、そんなカリスマ様の本命だ。聞き出さないわけにはいかない。

「俺も知ってる奴か?」

なぜか確信があった。親友の好きな奴を俺が知らないというのが癪だっただけかもしれないが、コイツが好きなのは、絶対俺の知ってる奴だ。
奴?さっきから奴ってなんだ。女の子には奴なんて言っちゃダメだよ。って誰かに言われた気がする。あぁ、誰だったっけ。
ともかく、そんな野郎みたいな扱いができる娘なのか?と思考を巡らせてみたがパッと思いつかない。

「さぁな」

イエスともノーとも取れる回答を投げると、帰り支度も終わったようでさっさと鞄を肩に掛けて教室のドアへと歩き出そうとしていた。
なんだか無性にもやもやしてくる。

「おい待てよ」

何故ここまで食い下がるのか俺でもわからない。怒らせると怖いと知っている上でこんな行動をとるのは馬鹿げているが、そうせずにはいられない。ただの意地と化しただけではない。知らなければならないと思った。
ピタリと足が止められ、灰色の目が俺を睨んだ。視線の先で忌々しいとでもいいたげな感情をぶつけてくる。背が一瞬ぞくりと波打った。

「誰も知らないよ」

人間の抑えがたい知的好奇心はコイツに対する今の俺にも当てはまったのかもしれないが、もはやそんなものは露ほども無い。あれほど意気込んでいたのが嘘のように、コイツの内側を探るのを止めた。無意識のアラームが鳴り響く。ここから先は聞いてはいけない。それ以上聞くのは無意味であり有害だ。頭の中で無いはずの何かがよぎっては消えていく。
じゃあ用事あるから、と当の本人はさっさと出て行ってしまったが、アイツが黄と黒のラッピングがされたチョコを大事そうにかかえていたことに気づいていた。

誰だ?誰だ?俺は知らない。聞きたくもない。でも、アイツがチョコを渡せないことだけはわかっていた。渡せたらどんなに幸せだったろう。
うつむいたアイツの顔は、俺の知らない誰かに似ていた。



2010年のバレンタインは日曜ですがそういうのはスルーしてください

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