「葵のばか!」

突然の罵声は静寂の終わりを告げた。俺と葵しかいない、会話も特にない平々凡々としたいつものラウンジを聞き慣れた女の声がすがすがしいほどにぶち壊してくれる。開け放った玄関の扉の音も、耳に響く声も、近寄る足音も何もかもが騒々しい。
会うなりバカと言われた本人はぽかんとして一言も発さない。

ホントにこの双子は正反対だな。

未だぷるぷると震えている彼女を見るに、これでは落ち着いて雑誌も読めそうにない。ならばやることは一つ。二人の会話を見守ることだ。もちろん介入なんてしない。

「なんなの!?わたしに内緒で彼女作るなんて!」
「ちょ、何の話」
「一年の子と手繋いで帰ってたでしょ!」
「いや、それは…」
「彼女作るならわたしに相談してからって言ってたじゃない!それか一番に報告するって!
なんで黙ってたの!?」

なんだか浮気発覚現場を見ているみたいだった。彼氏につめよる茜と、彼女を必死になだめる葵。
あれ、こいつら兄妹だよな?おかしいだろ。
とは思いつつ焦る葵の顔なんてそうそう見れるもんじゃないし、何より話題が話題だったので下手に干渉するでなく聞き手に回ったのは正解だった。この兄妹喧嘩に関わると面倒くさい、というのもある。
その間の思考、約2秒。

「落ち着いて。誤解だから」
「もー信じらんない!」
「だから誤解だって」
「嘘!」

超突猛進な妹君は珍しく兄に食ってかかっている。普段はいいやつなのに、兄のことになると途端にテンションがおかしくなるのはいつものことだからいいとして、兄の彼女所持説がそんなにショックだったのだろうか。
有り得る。なんせ茜だ。

「誤解」
「う、そ!」
「あかね」
「う………ホント?彼女じゃないの?」
「うん」
「ホントにホント?」
「ホントにホント」
「……」

しゅんしゅんと茜が縮こまっていくのが見えて、思わず感心してしまった。さっきまで沸騰したヤカンのようだったのにそれこそ嘘のよう。今は何事もなかったかのように鎮静している。
さすが冷静沈着リーダー。妹の扱いに非常に手慣れている。

「じゃあなんで手なんか繋いで帰ったの…」
「…ノリ、で?」

なんかとんでもないことを言っている。
ノリで手を繋いで帰れるものか。内心で沸々と湧き上がる感情をどう説明すればいいのだろう。男として悔しい。ものすごく。おれもノリで手繋いで帰っちゃったとか言いたい!
コイツひょっとしてとんだたらしじゃなかろうか。
それは茜も感じたようでものすごく冷めた目で葵を見ていた。リーダー、いつか女に刺されるな。
妹の様子にさすがの葵も焦ったようで、違う違うと言葉足らずに弁解を始める。その弁解を聞くに、なだめるために手を握ったら握ったまま離してくれなかったらしい。
うらやましいな、くそ。

「…じゃあ、わたしも」
「ん?」
「わたしにも手繋いでくれたら許してあげる」

おいおいそんなんでいいのかと思ったが目はマジだった。いいんだな…。
対する葵は隣に座った茜の手を何でもないように握った。当然だ。なんせ断る理由がない。いやしかしこれは。
握られた側は心なしか頬が赤い。顔?緩みまくってるに決まってる。なんてこった。実の兄に手握られてここまで嬉しそうにする妹もなかなかいないだろう。少なくとも俺は知らない。
茜が初だ。初超絶ブラコンだ。知ってるけど。

「葵、」
「うん」
「…あったかい」
「そっか」
「なんか眠くなっちゃった」
「うん、おやすみ」

葵がちょっと位置をずらして茜との距離を縮める。茜はん、と短い声を出して葵にもたれかかるとそのまま眠ってしまった。さっきまでの騒動はなんだったのか。
恐いものなんて何もないってくらい無防備な寝顔は、葵に対する信頼度がよくわかる1コマを形成するに足りている。この双子は仲が良すぎるとは常々思っているわけだが。
手も握ったまんまであれまぁ、端から見れば恋人同士。

「茜ッチはすがすがしいくらいブラコンだけどさ」
「あ、…うん、そうかもね」

あ、じゃねーよ。明らかに俺のこと忘れてただろ。
妹以外アウト・オブ・眼中。悲しくなるけどもう慣れた。

「お前も相当シスコンだよな」
「そんなことないけど」

うそつけ!と腹の底から叫びたくなった。
口ではそういうこと言いつつ、今現在茜を宝物を見るような目で見つめている葵ははっきり言って異常である。無自覚シスコン。手に負えない。

「あーはいはいごちそうさま。仲良きことはいいことですね」

目の前の幸せオーラに耐えきれなくて、再び雑誌に逃避した。







(「葵君、彼女いないんだ…。じゃあ私にもチャンスあるよね!でも一番の障害は茜かぁー。
いーなー。私も葵君と手繋ぎたいなー」
「ゆかりちゃん、盗み聞きはよくないと思うな…」)

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