「月が綺麗だね」
「まだ太陽出てるぞ」
「アイラブユーをそやって訳した人がいるって聞いたから!」
「綾時にしては物知りじゃないか」
「ひどい」

秋冬は日が落ちるのが早いと言っても、まだ日は水平線上に浮いている。おそらくもう出ている白い月はこの位置からは見ることができない。失策だった。理屈が大好きな彼を射止めるための僕の矢は、彼の盾を前に簡単にへし折れてしまった。けれどここでめげないのが男、望月綾時ではないか。

「えっと、そ、それでね、僕だったらどう訳すかなーって」
「ふーん」
「今、から、言うね」
「どうぞ」

穏やかなる落日。赤に着飾る彼もなかなかいいなぁと思いながらも、くるくると手持ち無沙汰にシャーペンを回す彼の胡散臭そうな視線が痛くて少し辛い。目は夕日を浴びてはいるけれど、輝いているかははたはた疑問である。それほどに冷めている。僕の新たな言葉たちは喉にしがみついて外に出ようとしてくれない。女の子に言うのは簡単なのに、どうして彼相手だとこうも緊張してしまうのか。
一度大きく呼吸する。さぁ準備は整った。

「ず、ずっと僕の傍にいてください!」
「ただのプロポーズ…」

空虚な教室(と廊下)に響く声がもの寂しくていたたまれない。もうちょっとときめいてくれたっていいのに、彼のポーカーフェイスが大きく崩れることはなく呆れを含んだ瞳で僕を見るだけだった。なんだって彼は僕の愛情表現をことごとくかわしてしまうのだ。

「言われなくたって傍にいるし」
「!!!!」

そして崩さずそういうことをサラッと言うから余計タチが悪い。わかっているのかいないのか。計算済みなのか天然なのか。おそらくは前者であると僕は思う(なんせ彼だもの)
あ、でも、頬が赤いのは計算でも夕日のせいでもないのかもしれない。

「なに」
「い、いや別に!?なら、キミだったらどう訳す?」
「………愛してる、としか訳せない」

期待通り、どうでもよさそうに、ぶっきらぼうに答えてくれた。こういう期待は外れてほしいのだがやっぱり彼は彼だった。でも僕が聞きたいのはその答えじゃないから、もう少し頑張ってもらいたいとは思う。僕だって引き下がる気はさらさらない。

「じゃあ、ほら、愛してるって別の言葉で伝えるならって考えたら?どう?」

彼はそれならとシャーペンを回す手を止めて、ゆっくりと虚空を見つめた。少しの困惑を浮かべた顔は珍しい。口は開いたり閉じたりしている。何を言うべきか考えてあぐねているようだった。
僕のためにこんなに真剣になって考えてくれるなんて、それだけで嬉しすぎて抱きしめたくなる。そんなことをしたらすぐに拳がとんでくるだろうからしないけれど。

「…りょうじ」
「、なに?」

数秒の後にやわらかに空気が震えた。すごく優しい声で名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる。静止している教室が彼の声でほころぶ、そんな感覚。

「綾時」

彼はもう一度僕の名を呼んだ。とびきりの優しさと笑顔の込められた言葉はそれだけで僕の心を満たしていく。
よく彼を無表情だとか無感動だとか言う人がいるけれどそれは嘘だと叫んででも言うことができる。だって、今目の前にいる彼はそれはそれは感情豊かな人なのだ。もう他の言葉なんていらないくらい、声にたくさんの感情を乗せれるほどに。

「…あ」
なんだ。そうか。

「それが君の答え?」

彼はなにも発さない。彼の無言は肯定でもあるということにこの数日で僕は気づいていた。つまりはそういうこと。

「え、えーっと」
「りょうじ、綾時、綾時!」

意訳:あいしてる、愛してる、愛してる!

「うわ!やめてやめて!恥ずかしいよ!」
「りょうじー」
「あぁもう!」

味をしめたであろう彼はひたすらに僕の名前を連呼している。趣味が悪い、本当に。でもにやにやする彼もとても珍しくて、遊ばれているとはわかっていても嬉しくなる思いは鳴り止まない。
たぶん好きだとか愛してるだとか、それこそありふれた単純な言葉に置き換えられないくらいの思いを名前に込めてくれたんじゃないだろうか。そうだとしたら、彼の一枚も二枚も上手な回答に僕は爆発してしまいそうだ。どうしようもないくらいの高揚に、気づけば机越しの彼を抱きしめていた。びくりと震えた肩にしまったとは思ったけれど、やってしまったからにはどうしようもない。彼がこんなにもかわいいのが悪い。恐る恐る伺ってみると、幸いにも堅い拳が飛んでくることは無かった。変わりに腕の中からはほがらかな笑い声が聞こえてくる。

「くるしい。ばかりょうじ」
「ひどいよー。でも嬉しい」

えへへと笑うと彼も楽しそうに顔を綻ばせていた。静止していた空気は鮮やかに色を変えて動き出す。

「ねぇねぇ、ずっと傍にいてね!」
「言われなくても。あぁ、月が綺麗だよ、綾時」


ゆるやかに終わる放課後。恋人たちの愛の往来に落日は空を朱に染めていた。

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