桜で飾られた景色を瞳に詰め込んだ。彼の青に咲く。踊り舞う花びらで完結された世界。僕の最初で最後の春は何よりも澄んだ色をしていた。
抱きしめた少年は、負荷を与える何物も背負っていないように見える。ちいさな背が抱えていたものは、いまや花びらと同じほどに軽い。

「みんなに会えなくなるのも、一緒に生きていけないのも、寂しい」

腕の中で静かに呼吸する彼に風が触れる。風は声を拾う。
それはきっと本心だった。彼は本当にみんなを愛していたから。

「ならどうして」
「お前の傍にいてやれないほうが、もっと辛いから」

彼の選択が正しかったのか、間違っていたのか。それを判断できる者などどこにも存在しない。いてたまるものか。そんな傲慢な存在がいたら形が変わるほど叩きのめしてやる。お前に何がわかる。
そして当事者たる彼は、これが一番の幸福だと微笑んでいた。かきむしられた世界で、それでも幸せだと笑う彼をどうして非難できよう。
彼の人生を壊したのは僕だ。僕がいなければ、今もみんなと笑って、好きな音楽を聞いて、大好きなものに囲まれて、生きて、そう、生きていられた。彼は僕を憎んだっておかしくない。むしろ憎むべきである。しかしそうはしなかった。
やっと僕から解放された後も傍にいたいと笑う。四肢が千切れるほどの罪悪感と背筋が震え上がるほどの歓喜。襲いくる感情は身を震わせる。
みんなが愛した彼を僕が奪ったことも、彼が誰よりも僕を選んでしまったことも、喉を引っ掻いたって目を投げたって逆立ちしたって変わらない結果。一人ぼっちの死神は死んだ。これからは二人、共に有り続ける。狂った愛で繋いだ彼に視界がぼやけた。

「みんなも、綾時も守っていれるから、もう何もいらない」

濁りのない清らかな、僕の一番好きな青が僕を見ていた。




守りたいものがあった。守るために僕は行った。
少年Aと世界を乗せた天秤は後者に傾いた。それだけのこと。行く先に彼がいるのなら、何だってできたのだ。
そして今日、愛した人たちとの記憶を抱きしめて、少年Aは世界から消えた。そこには絆が残った。少年Aがいたという事実は残った。そうして世界は芽吹き始める。美しい世界。僕がいた場所。彼が愛したもの。生を歌い乱れ咲く。奇跡は、果たされた。
今の僕はいつかと同じように綾時と寄り添い、息をしている。僕が最も愛した存在。傍にいられるという喜び。彼に会えたことを幸せに思う。二度と離すものか。勝ち取った奇跡を手放す気はさらさらない。
隣り合わせの死には愛を歌う。桜はもう咲いている。

「お前がいる。大丈夫」

大丈夫。大丈夫。大丈夫。
僕の隣にはキミ。
世界は終わらない。絆は永遠。春は巡る。
ほら、ごらん。これが、桜。

「ただいま、綾時」

キミが愛した世界だから、僕は守りたかったのです。





少年はもう泣けない。。
死を抱いた青が幸福に溶ける。

遠い遠い宇宙の隅っこで、死神はただ涙した。


(まちがいなくかれはしあわせでした)

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