「君と僕の出会いは10年前」
「僕自身、よく覚えていないけれど」
「あの日がすべての始まりだった」

「再会は屋久島だった」
「順平の馬鹿がナンパしてた」
「こっちはよく覚えてる」

「君は僕を守るために戦った」
「誰よりも僕を想ってくれた」
「君の一番の大切でいれたことが嬉しい」

「君は何度も謝った」
「でも僕は恨んでなんていない」
「彼に、会えたのだから。君と彼に出会えてとても幸せなんだ」

「だから、泣かないで」


少年の話す空絵事は非常に魅力的であり、かつ懐かしいものだった。
紡がれる物語は私の深いところを抉る。感情という名の、解析不能な信号が回路を駆け抜け目から液体を零れさせた。これは確か涙といったか。私は私ではない誰かの変わりに泣いていた。過去に一度泣いたことがある気がした。それはいつだっただろう。誰のためだった。
キラキラと落ちる雫に少年が映る。優しい瞳をした少年だと、思った。

乱雑によぎる黄と深緑と、ぼやけた視界での確固たる青。判別できるのは色ばかり。フラッシュバックと言うにはあまりにもお粗末。これは確かに記録の一部として存在するが、言いようのない後悔と拭いきれない罪悪感が伴う。少年を見ると欠落した何かが回路でうごめいた。私は壊れている。バックアップは不完全。記録装置は支障をきたしている。私はなぜここにいる?

「これはただの作り話」

少年は笑った。凪いだ瞳、低音。フラッシュバック。
ちりちりと回路が焼ける。壊れる。危険信号点灯。いかないで。
液体は落ち、手のひらで弾けた。


「君は僕を好きだと言った」

空絵事は続く。一語一句も漏らすものかと少年の夢に溢れた物語に耳を傾け続けた。
機械の私では永遠に叶わないであろう其れを少年はいとも簡単に発信する。真実であるかのように語られる物語の中のアイギスを羨ましく思った。アイギスは感情を持ち、少年のために舞い、駆け、まるで一人の少女のように稼働していた。否、人間だった。
機械の少女と生身の少年。共に寄り添い、笑い合う。それはきっと幸せなことに違いない。私がどれだけ手を伸ばしても、たとえ髪をすべて結び空へ放り投げたとしても届かないもの。
少年の真実は私にとっては戯れ言だった。物語のヒロインはどこにもいない。いるはずがない。でもその物語が真実ならばと、少しだけ嬉しく、少しだけ悲しく思った。あなたに愛という感情を向けるための電気信号が見つからない。

「僕も君が好き」

それは私に向けたものではない。あなたが言葉を伝えるべき対象は、少女は、ここには存在しない。網膜に映る私は虚像。少年を愛したアイギスは私でない別の。

「あなたはおかしな人ですね」
「うん、知ってる」

青で滲む世界は私を捕らえて離さない。この人はおかしくない。おかしいのは私。壊れた人形、群青の髪、たなびく黄色。また、フラッシュバック。
私の思考はどこかの遠い時間で止まっている。永遠の少女である機械乙女は少年を求め生きたのではなかったか。

フラッシュバック。黄と緑の世界で私は迷子。私の大半を占めていたものがあった。すべてをかけてまもりたかった。もうわからない。なくしてしまった。大切な青に触れられない。指先で崩れたブルーグレイは混濁した空に飛び散った。

「これは、ただの作り話」

満足げに微笑む少年のことを、私は知らない。











(2月下旬)

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