生憎の雨天でじめじめとした空気を吸いながら、俺はパンにがっついていた。湿るより先に腹に収めてしまおう。時たま飲み物で喉を潤すのも忘れない。

「なぁ、友近君」
「どうした、伊織君」
「俺、小説家になろうと思う」

ぶっと嫌な音と共に口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。コイツは何を言い出すのだ。
それよりも、空気が湿らせるより先に俺自身の手で湿らせてしまうとは。どうせなら目の前の人物に噴出すればよかった。失策だ。コーヒー焼きそばパンなんて旨いのだろうか。
調合の原因は「おい、きたねーな」と言いながらニヤニヤしている。いつかコイツの鞄にコーヒーをぶちまけてやろう。

「変なもん食ったか」
「失礼だな。購買のおばちゃんに謝れよ。
それはさておき、俺の彼女がさ。絵がめっちゃ上手いの。ぜってー絵で食っていけるな!
んで、じゃあ俺はどうするって言ったら、もう小説しかないわけよ」
「単純すぎんだろ」
「あぁ、彼女ってチドリのことなんだけどさ。チドリさー」
「いや、ノロケはいらねーよ」
「そりゃないぜ友近」

順平はぶつくさ言いながらも、小説家になるための道を真面目くさった顔で話してきた。もちろん彼女のノロケも忘れない。
なんでも、少しでもたくさんの人に知ってほしい話があるらしい。
おいおいどうしたと思いながらも話を聞いてやる。焼きそばパン(コーヒー風味)への興味はとうに失われていた。

別に人の夢にどーのこーの言うつもりはない。現実世界が不自由であるからこそ、夢くらいは自由に持つべきだ。ただ、コイツが真剣に将来のことを考えてるのが意外だった。天変地異はまさに今、俺の目の前で起きている。
順平がたまにやる「伊織順平アワー」は普通に面白いから、そういう才能があるんだろう。小説家も悪くないと思う。思うのだが、去年の順平だったならば、将来?そんなん将来考えりゃいいんだよと返してくるはずである。

「お前さ、変わったよな」

「そうか?」

無自覚の変化。いや成長と言うべきか。人は簡単には変われないというが、順平は確かに変わっていた。いい方向に。
相変わらず将来への渇望と恋人の自慢話を続ける我が友に羨望の眼差しを向けながら、でも俺もアイツに会ってから変わったんじゃないかなーとぼんやり考えた。むしろアイツがみんなを変えたんじゃなかろうか。恐るべし、俺の親友。
しかしアイツを思い出しただけでこれほど味気ない昼食になるとは、俺も相当末期である。手元のコーヒーとブレンドされた焼きそばパンは、もはやネチネチとした不快な食感しか口内に残さなかった。俺の依存度はかくも大きなものだったのか。一緒に食べたラーメンが恋しい。

「で、どんな話書きたいんだよ」
「んだよ、知りたい?知りたい?しゃーねーなーもう。
素直じゃないともちーに特別に教えてやるよ」
「前言撤回。お前やっぱ順平だわ」
「どういう意味だよ。まぁとりあえず聞けよ。

えー、おほん。

あなたは知っているだろうか?
今この世界の片隅で、私たちと同じ年頃の少年がたった一人で私たちを守っているということを――――








―順平は変わった、と思う。
いつからと言われれば、それはたぶんアイツがいなくなってから。
俺も変わったと思いたいが残念ながら順平ほどではない。あぁ、会いたい。

順平は晴れた日には極力屋上に行って飯を食っているらしかった。滅多に行かなかったのにどうしたことかと聞いてみたら「あー、あれだ。お参り」だと。

今日は快晴。絶好の外出日より。だから俺は順平に続いて菓子パン片手に屋上へ向かう。供え物は俺らの馬鹿話。共に飯を頬張りながら青空を見上げて、アイツと話をするのだろう。もっとも話しているのは順平で、最近はたった一人で世界を守った正義のヒーローの話ばかりなわけだが。
その話は不思議と俺を引き込んでいった。吸い込まれるような晴天。雲は白。鼓膜が拾うのは馬鹿騒ぎ仲間の友の声。小さい子が寝る前の親の話を楽しみにするみたいに、俺は晴れた日の順平の空想物語を楽しみにしていた。なぜだかアイツに会える気がした。一緒に戦った仲間のために、一人立ち向かった孤独なヒーロー。

物語の主人公は、アイツみたいにクールで優しくてかっこよかった。





俺は今日も、世界のどこかにいる正義のヒーローに思いを馳せながら菓子パンを食べる。
早く順平の話が本になって、みんなに知ってもらえればいい。
そんなことを思った、ある晴れた日の昼下がり。

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