短編 | ナノ

優しい君のように


※短編 "優しい貴方のように" の青根視点ver.です。


顔が怖いのは生まれつきだ。もはや仕方のないものだと思っている。

高校に入ってもそれは変わらず、電車で青根が座ると両隣は空いたままだった。
なので青根は、混んでくると何となく自ら席を立つようになった。

しかしある日、いつもの通り電車に乗っていると、同じか少し年下くらいの女子が青根の席の隣に座った。
しかも、他にもポツポツと空いている席があるのに、だ。
これは青根にとっては衝撃だった。
なんとなくこそばゆく感じる片側を少し気にしながら何駅か過ぎ、いつも人が大勢乗ってくる大きな駅に着いた。

降りる駅まではまだあるが、青根はいつもここで席を立つ。
背が大きい彼が立つと、さらにギョッとした顔をしてまわりの人が彼を避けるように体をよける。
そんな姿をなんとなく隣に座ってくれた彼女に見せたくなくて、今日は一度降りて次の電車に乗り換えようとドアに向かった。

『あのっどうぞっ!』

降りた瞬間に彼の耳に入ったのはそんな声だった。
車内を振り返ってみると、隣にいたあの彼女がおじいさんに席を譲っているところだった。
扉が閉まり、その電車が走り去っても、真っ赤になりながら席を立った姿が何となく青根の目に焼き付いていた。

あんなに恥ずかしそうなのに、それでも人のために動くのか…。
自分の見た目を気にして、行動に出ることをためらうことが多かった青根には、その勇気がとてもすごいことに思えた。
そして同時に、彼女のように優しくありたい、と強く思った。
誤解をされても、うまく声にならなくてもいいのだと、初めて思えたのだ。


彼女の姿をもう一度見ることができたのは、それからだいぶ経ってからだった。
2年にあがった夏休みの真っ最中に、練習試合のために来ていた運動公園の体育館から、二口と水飲み場まで出た時だ。
彼女が友人らしき人達と、公園内を歩いていたのだ。
会話までは聞こえないが、一度大きな声で「跳子!」と呼ばれているのが聞こえた。
どうやら併設されている複合施設に遊びにきたのか、そちらに向かっているようだった。

話しかけるわけでもなく、青根はただそのまま彼女を見つめていた。
すると彼女が突然立ち止まり、友人たちに先に行くよう促しているように見えた。
友人たちが離れていくと、彼女はその足を少し離れたところで下を向いている男の子のところに向けた。
そして目線を合わせるようにかがんで少し言葉を交わした後、彼女はニコッと笑ってその子の頭をなでた。
迷子、だろうか−。
自分に向けられているわけではないのに、彼女の笑顔に安心感を覚えた。

「オイ、青根!」

呼ばれた声にハッとして振り返ると、二口が俺と同じように彼女を見ていた。

「知り合いか?」

俺は横に首を振る。一方的に顔は知っていても言葉を交わしたことはない。

「でもお前、あの子のこと好きだろ?ありえないくらい顔、ゆるんでんぞ。」

ニヤリと笑う二口に、俺はバッと顔を触ってみる。
ゆるんでる?どんな顔だ?
いくら自分で触ってみても表情はわからなかったが、熱くなっていることは充分手の平から伝わってきた。


自分は彼女に好意を持っている。
二口に言われるまで気付かなかった、というよりも、これがそういう気持ちなんだと初めて知ったのかもしれない。
自覚をしてみれば、ひたすらに想いは募った。
夢の中でも彼女の笑顔を求めた。
しかし自分は彼女の苗字も学校も年も、何一つ知らないのだ。
特に何もできないまま、冬を迎えた。

意識をしたことはなかったが、今日は世の中はバレンタインデーというものらしい。
クラスのヤツらが口々にチョコレート!と悶えていた。
さっき飲み物を買った時に、おまけにもらったチロルチョコが数個ポケットに入っていたので、ん、と差し出すと、クラスメイトは何故かピシっと固まってしまった。

「青根…お前はいいやつだな…。でもちょっと違うんだ…。」
「?」

チョコが食べたいんじゃなかったのか。
疑問に思っていたら、その様子を見て二口が腹を抱えて笑っていた。


「あれはさーチョコが食べたい、というよりも女子からのバレンタインチョコが欲しいんだよ。」

ロードワークで走りながら二口がそう教えてくれた。
なるほど。そういうものか。

「それが好きな子からだったら最高じゃん?」

それは理解できる。
もし彼女からもらえるなら、飴玉ひとつでも宝石のように思えそうだ。
…ん?

「おい、青根。あの校門にいるのって…、」

俺は慌ててブンブンと思わず何度も首を縦に振る。
彼女が何故かうちの校門の前に立っているのだ。
すぐにうつむいてしまったが間違いない。
二口にも見えている。幻覚でもない。

「誰か待ってんのか…?でも知り合いを待つなら、そこのコンビニでも入って待つだろ。」

確かに2月のこの寒空の下、何もない校門前に立ってるのは相当寒いはずだ。
とたんに心配になってきた。
俺はすがるように二口を見ると、二口もわかってるというように頷いた。

「10分休憩〜!」

本来なら体育館まで行って休憩なのだが、二口が校門入ってすぐに休憩にした。
職権乱用、かもしれない。でも今日は許して欲しい。
二口は俺に話しかけろと言ったが、何て言っていいかわからない上にこの顔で泣かせてしまうかもしれない。
結局アイツが話しかけに行ってくれた。

みんなも女の子が立っていることが気になるらしく、なんだなんだと様子を伺う。
すると予想外に二口が俺を呼んだ。

「青根〜!女の子のお客さん!お前にだって!」

お、俺に?!

「なんか部活終わるまで遠慮しようとしてるみたいなんだけど、休憩中だし来いよ!」

よくわからないが、彼女を待たせるわけにはいかない。
それに彼女と話せるかもしれないのだ。
俺は赤くなってることを自覚しながら急いでそちらに向かう。
二口のいう"ゆるんだ顔"にならないよう、眉間に力をこめる。

「いや、コイツいつもこんな顔だから。」

ん?何の話だ?

「じゃあ俺は向こう行くわ。」

おい、お前がいなくなったら誰が…、

『あ、ああ青根さん!!』

二口にお礼を言った彼女が俺の名を呼んだ。
俺も二口に向かいかけていた意識をもう一度彼女に戻す。
あぁ、ほんとに彼女が目の前に立っている。

『あの、青根さんが好きです!!』

突然彼女が真っ赤な顔をしながら叫ぶ。
俺はまさかの言葉に一瞬時間が止まったようにすら感じた。

彼女が、俺のことを、なんだって…?
元々よくない頭がオーバーヒートを起こしそうだ。

ひゅう、とまだすぐ近くにいる二口が口笛を鳴らす。
部員たちはその奥で大騒ぎだ。

『よ、よければお友達になってください!!』

彼女の言葉を脳内で繰り返すが到底理解できそうにない。
でも、目の前で赤くなりながら、寒い中俺を待っていてくれたのは、紛れもなく彼女で。
その彼女が口にしたのは、間違いなく自分の名前で。

「…跳子、さん。」

俺は思わず頭の中でしか呼んだことのない彼女の名前を口にし、一つ大きく頷いてた。

彼女は可愛らしい紙袋を俺に渡すと、邪魔をしてすみません、とだけ言ってその場から逃げるように走り去った。

残されたのは茫然と立ち尽くす俺と、何かに優勝したかのように俺に飛びついてくる部員たちだった。



結局自分の気持ちを伝え損ねた俺は、その夜、初めて見るマカロンという可愛らしい宝石のようなお菓子を見つめながら、緊張する手で彼女の番号をかみしめるように押すことになるのだ。

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