短編 | ナノ

鎌先靖志と授業


※高校2年生時のお話となっております。


ここ工業高校でも通常科目の授業はある。
といっても専門科目のコマが多いので、週にそれぞれ1〜2時間といったところだ。

2年生になった時に化学か物理か生物かの選択肢で何となく化学を選んだ。
生物は何かの解剖かあるという噂を聞いていたし、物理よりは化学の方がまだなじみがあるかと思っての選択だったが、私の脳みそではどれを選んでも結局同じだったかもしれない。
でもやっぱり実技は性に合うのか、たまに行われる実験はちょっと楽しかった。

しかし、それも同じ班にいる面子にもよるもの。
後期に班替えが行われ、新しく一緒の班になった男がいちいちうるさくて腹立たしい。

「ちょ、バカお前!なんでそっち先に入れてんだよ、鈴木!」
『はっ?!何よ鎌先!アンタこそちゃんと先生の話聞いてたの?!』
「聞いてたから言ってんだろが!」

向こうも私が気に食わないのかすぐにこうして喧嘩をふっかけてくる。

クラスで二人しかいない女子の片割れさんにはそんな風には接してない(というか意識しまくってるのかちゃんと喋ってるのを見たことない)のに、なんで私にはあの態度なのか全くもって不可解…というか不愉快だ。
どうせ私は可愛くないわ!

その男−鎌先靖志は元々教室でも声はでかいしバカだしすぐ脱ぐし、いざとなったら筋肉頼りというタイプだろうなとか思っていた。
…まぁバカは人のこと言えないし、確かにいい身体はしてるけど。

別に私は鎌先のことをキライなわけじゃないけど、言われっぱなしは性格上我慢できない。
すっかり売り言葉に買い言葉状態で、今日もギャーギャーとやりあう結果になるのだ。


『液体の色は赤って書いてあるのに、どうやったらそんな色になるのよ!』
「るせー、赤だろ!ちょっと紫に近い赤紫だ!」
『どう見てもせいぜい青紫だわ!』
「…お前ら、うるせぇっ!!つまりそれは赤じゃなくて紫だ鎌先!それに鈴木も手順を3つくらいすっ飛ばしてるだろう!この同レベルコンビ!」

とうとう先生の怒りに触れ、手に持っていた試験管を没収された上にはたかれる。
それにしても鎌先と同レベルなどあまりにヒドイ。

しかしその時のブーたれた顔がよくなかったのか、罰として全部の班の分の洗い物を二人でやらされることになってしまった。


少しだけ早めに授業が終わり、クラスメイト達が「よろしくー」とニヤニヤ笑って私達に手を振る。

『ちょっと!誰も"手伝うよ"とか優しい言葉はないわけ?』
「いや、手伝ってやってもいいけど、鎌ちがなぁー…。」
「あぁ?!」
『??』

しかし結局誰の手伝いもないまま、鎌先と二人で洗うはめに。
狭い水道にでかい鎌先と並んで試験管を洗っていると、隣からパリンとガラスが割れる音がする。
チラリと視線を向ければ、鎌先の手に綺麗に真っ二つに折れた試験管があるのが見えた。
それを危なくないよう別に置き、次を手に取る。

パリン
ペキン

『…あーもう鎌先!さっきから割りすぎ!』
「うっ、うるせぇ!」
『いや、さすがに先生に怒られるから!私洗うから鎌先流してよ!』

流石に痛いところをつかれたのか、しぶしぶと私から洗った試験管を鎌先が受けとる。
互いが静かになれば、二人きりの室内には私が試験管をキュポキュポと洗う音と、すぐ横でザーッと水の流れる音だけが響いた。
急に緊張して、触れている右肩がちょっとムズムズする。
いつもすぐつっかかってくるくせに、何で今に限って
無言なんだ。

その空気に耐えられず、私は何となく話題を提供しようと鎌先の好きそうな話を探した。

『…えと、そういやバレー部こないだ大会じゃなかった?』
「あー…、負けた。」

(う、ふる話題とタイミング、失敗…!)

声に悔しさを滲ませた鎌先の一言に何も返せずにいると、悔しそうな表情から一転、鎌先がニッと明るい顔を見せる。
どうやら話題自体は失敗ではなかったみたいだ。

「でも、一年にいいのが入ってきてるからな。今結構強えーぞ。」
『っ!へぇ。そうなんだ。』
「生意気なヤツもいるけどよ。鈴木より腹立つかも。」
『はっ?!』
「あとは眉毛ねーヤツとか。こっちはいいヤツだけどな。…もう不作なんて言わせねー。 俺らは全員で"鉄壁"だ。」

最後は一人で決意するように口元で呟く。

何て言ったかあまり聞きとれなくてふと隣を見上げれば、鎌先の目は真剣そのものでドキリとする。


『…そっか。次は観に行きたいな。試合の時教えてよ。』
「おう!ぜってー来い。っつかこないだ負けたの鈴木が観に来なかったからじゃねーかと思うわ。」
『はい?!なに人のせいに、』
「鈴木がいるのといねーのじゃ、俺の気合いの入り方がちげんだよ。やっぱ好きな女にはいいとこ見せてーし。」
『っ?!』

視線の合わない鎌先の顔は、真っ赤だ。
つまりそれは冗談じゃないということで、というかそもそもそんな冗談言えるタイプじゃない。

パキンッ

私の手元の試験管が割れる。

「バカ!お前怪我してねーか?!」

焦った鎌先が私の手に触れた。
手じゃなくて、違うところが火傷のような大怪我してる気がする。

我に返って、私は思わず鎌先の手から自分の手を引っ込めてしまった。

『な、なんでっ?!今までそんな素振り見せなかったじゃん!』
「悪いか!俺は好きなヤツに憎まれ口叩いちまうタイプなんだよ!」
『はぁっ?!』

つまりそれって−、
私と同じタイプってコトじゃないか。


互いに向き合いながら何も言えないでいると、張り詰めた空気の中でガタンという音が響く。
私も鎌先も驚いて音のした方に顔を向ければ、扉からこちらの様子を伺うクラスメイトたちと目が合った。

『っ?!』
「〜お前らぁっ!」

大きな声を張り上げた鎌先が扉に向かおうとするのを、思わず裾をひっぱって引き留めた。
あ、鎌先の裾が濡れてしまった。

「っ!鈴木?!」

くんっとひっぱられた裾につんのめり、何とも間抜けな顔をした鎌先がこちらを振り向く。
その腕をさらにひいて、私はそっと耳打ちした。

『彼女にしてくれたら、観に行ってあげる。』
「!!」


それだけ言って、私は一人で前の扉から逃げる。
答えは明日くれればいい。
今日は諸々イッパイイッパイだ。

(私がそうなんだから、きっと鎌先だって同じはず。)


ついついニヤけてしまいそうな熱い顔を押さえたまま、私は階段を一段飛ばしで駆け抜けた。



企画サイトHauta様の「Happy Monday」へ提出させていただきました。
お世話になりました!


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