短編 | ナノ

優しい貴方のように


(どどどどうしよう。めっちゃ緊張するし、すっごい見られてる。)

私、鈴木跳子は今、放課後の伊達工業高校の校門前で一人直立しています。

今日の暦は2月14日。聖バレンタインデー。
緊張しすぎて寒さなんて感じません。
寒さは感じてませんが、完全にガクブルです。

(おおお男の人ばっかだよー!工業高校だから当たり前だけど!)

女子高に入学してもうすぐ1年。
中学が共学だった私には、当初は戸惑うこともあったけど、今ではすっかり女子高生活も板についてきました。
友達の"女は度胸"の一言で勇気をだしてここまできたけど、すでに正直心は折れかけてます。

(部活もあるだろうし、絶対迷惑だよね…!あぁでも当たって砕けるって決めたし!終わるまで待つぞ!)


あれは入学して間もない頃の6月に、烏野高校の3年生になった従兄弟の孝支くんが出る、高校バレーのIH予選を応援しに行った時のこと。
クラスメイトの何人かと一緒に観に行く約束をしていた私は、集合場所の現地会場に向かっていた。

途中の横断歩道で信号待ちをしている時、その交差点の先の歩道橋を、大きな荷物を持って上ろうとしているおばあさんが目に入った。
大変そうだな、と思ったけど距離もあるし、たとえ近くにいたとしても声をかける勇気が自分にあるとは思えなかった。
バスや電車で席を譲るだけで精一杯なのだ。
でも何となく何もできない自分にモヤモヤしながら視線を向けたままでいると、眉毛のないとても強面の大きい人がおばあさんに近づき、その荷物を手にとったのだ。
私は一瞬、とても失礼な事を考えてしまったが、すぐにそれが間違いだと気付く。
彼は片手で荷物を持ち、もう片方の手でおばあさんの手をとって階段を上り始めたからだ。
最初は驚いた顔をしていたおばあさんも、すぐに顔を緩めて何かを言っているように見えた。
恐らくお礼を口にしていたのだろう。

思わず見入っていた私が、目の前の信号が青に変わったことに気付いて慌てて歩き始めた後も、その何でもない光景がしばらく頭から離れなかった。

無事会場に着き、友達と一緒に観客席から烏野高校を探した。
すぐに孝支くんを見つけ手を振ると、こちらに気付いてくれた彼がニカっと笑って手を振りかえしてくれる。
それを見た友達が、孝支くんのことをかっこいいと騒ぎ出した。
そう、彼は自慢の従兄弟なのだ。
残念ながらレギュラーではないと聞いていたが、それでもその眼差しの光は強く、いつものように笑ってくれたので安心した。


初めて観るバレーボールの試合は、私にとってとても衝撃的なものだった。
人があんなに跳べるなんて思ってもいなかったし、あんなに早いボールを打つことはもちろん、それを捕って繋ぐ姿は体育の時間のそれとは全く別物だった。

しかし私にとって衝撃だったのは、それだけじゃなくて。
2回戦の烏野高校vs伊達工業高校で、私は朝の彼を見つけたのだ。

伊達工2年の青根さん。青根 高伸さん。
私はこの運命的な再会(ただし一方的)に、一瞬で恋に落ちた。
試合が終わった後も熱に浮かされたようにボーッとしていた私には、孝支くんのことを紹介しろと騒ぐ友達の声も全然聞こえていなかった。


あれから8か月。
私の恋は全く進展していなかったが、色あせることもなかった。
変わったことと言えば、彼のように少しでも優しくなりたいと、困ってそうな人を見たらなるべく声をかけられるようになったくらいだ。

そんないつまでも進まない状況を見るに見かねた友人に、今回のバレンタインに告白しろ!と言いくるめられ冒頭のような状態になっているのだ。

もはや後戻りはできない。

もう一度気合いを入れ直したところに、私が立っている校門前の道の左方からエイオーエイオーというかけ声が聞こえ、近づいてきた。
何気なくそちら見て、ひぃっと思わず息を飲む。
部活が終わるのをひたすら待つつもりでいた私の予想とは裏腹に、男子バレー部が外から帰ってきたのだ。
どうやら私がここに着く前に、ロードワークに出ていたようだ。

目的の相手は近づいてきてはいるが、しかし彼は今部活中だ。
早々に見つかってしまったのは想定外だが、邪魔をするつもりはないので、ひたすらに視線を下げうつむいてやり過ごす。

校門前に立つ女子高生の姿に、遠慮がちにチラチラと視線を向けながら中に入っていく部員たち。

なるべくそちらを見ないようにしていたが、最前方に青根さんがいたのはしっかり目に入っていた。
最後の一人が横を通り過ぎると、無意識に止めていた息を一気に吐き出す。
すると校門を背にする私の耳に、後方から「10分休憩〜!」という声が聞こえた。

(きゅ、休憩か…。どれくらい走ってるのかな…。青根さんは足も早いのかな?)

「…ねぇ、誰か待ってんの?」
『うひぃっ。』

想像中に急に声をかけられて、思わず変な声を出してしまった。
びっくりして振り向くと、すぐそばに背の高いバレー部であろう男の人が立っていた。

「呼んできてあげようか?」
『いえ、その…。』
「あ、俺二口。なんかずっと立ってんのも寒そうだし。」
『あの、ありがとうございます。でも休憩中とはいえ部活中ですし、終わった後に…、』
「ってことはバレー部に用事?!誰??!」
『えっ!いや、青根さんにですけ…あっ。』

しまった。思わず名前を言ってしまった。
すると二口さんは私が止める間もなく、大きな声で青根さんを呼ぶ。

「青根〜!女の子のお客さん!お前にだって!」
『ふふふ二口さん?!』
「なんか部活終わるまで遠慮しようとしてるみたいなんだけど、休憩中だし来いよ!」

ざわめくバレー部員の方たちの中から、青根さんがこちらにやってきた。
走っていたからかみんながいる中呼ばれたからなのか、なんとなく赤いその顔はとても怪訝そうに見える。
思わず蒼白になる私に気付いたのか、二口さんがフォローしてくれる。

「いや、コイツいつもこんな顔だから。」
「?」
「じゃあ俺は向こう行くわ。」
『あ、ありがとうございます!』

立ち去る二口さんに慌ててお礼を言い、青根さんの方に身体を向ける。
緊張で吹き出す汗が蒸気になりそうだ。

『あ、ああ青根さん!』

覚悟を決めてきたとはいえ、予想と全然違う!
いやでも、チャンスだ!まず何言うんだっけ?名前?学校?
練習通りに!ってあぁぁ覚えてない!落ち着け!いやでも休憩10分しかないし!!

頭がぐるぐるとまわり、パニックを起こした私は、自分が何者かも告げずに要件だけを速攻で口にしてしまった。

『あの、青根さんが好きです!!』

ひゅう、とまだ近くにいた二口さんが口笛を鳴らす。
こちらを伺っていた男子バレー部員の人たちは「青根に!」「告白?!」と大騒ぎだ。

『よ、よければお友達になってください!!』

「…跳子、さん。」

彼はさらに真っ赤になりながら、それでも大きく頷いてくれた。
眉根は寄ったままだったが、嬉しそうに見えたのは私の願望からかもしれない。

用意していたバレンタインのお菓子と連絡先入りの手紙を押し付けるように手渡すと、邪魔をしてすみません、と告げてその場から逃げるように走り去った。


(頷いてくれた!名前を呼んでくれた!わぁ!!)

浮かれたまま走り続ける跳子に2月の冷たい風が刺さるが、火照った顔にはちょうどよかった。


(…あれ?でも私名乗ったっけ?)

跳子がその事に気付くまで、あともう少し。

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