長編、企画 | ナノ

自分勝手なきみが好き


※短編 "鎌先靖志と授業"の続編です。


鎌先と付き合いはじめてから、もうすぐ1か月が経とうとしている。
クラスのみんなにからかわれるのには未だに慣れてはいないけれど、話すだけで意識しまくってぎくしゃくしていた最初の頃よりはだいぶ落ち着いてきたような気がする。

元々の関係からして、ケンカしたりバカをやったりばかりだったから、付き合ったからと言ってそんな急にしおらしくなるハズもなくて。

それでも二人でいる時に流れる空気は今までとはだいぶ違って、少しくすぐったいけど嬉しいような。
特になにか進展があったわけではないけど、ぶっきらぼうな言葉を吐きながら、鎌先の耳が真っ赤になっているのを見て、やっぱり好きだなぁなんて心の中で呟いちゃったり。

だからちょっとでも彼女らしくなれたら、なんて心境の変化も相まって、唯一の女子クラスメイトに相談してみたら「何か部活に差し入れとかしてみたら?」という答えが返ってきた。
確かに鎌先といえばイコールで部活って感じだし、差し入れすれば喜んでもらえるかもしれない。
それにやっぱり頑張ってる姿を見てみたいし、何なら一緒に帰れちゃったり…?

こうなるともはや鎌先のためではなく自分のためって感じもするが、別に悪いことでもないだろうと、ウキウキと昼休みに鎌先に話してみた。
それなのに…。


「ぜってー、来んな!」
『は?』

一刀両断&断固拒否。でした、ハイ。
鎌先の前の席の椅子を借りていた私は、あまりの彼の勢いに一瞬のけぞってしまう。
だってまさかの答えだし、そもそも何でこんな怒り口調なのか全くわからない。

『え、何?何で?』
「いいから!絶対にダメだ!」
『いや、だから何でよ?!』

騒いだりして練習の邪魔をするつもりなんてないし、基本見学自体が禁止というのならわかるが、普段から練習を見に行っている子たちだっているって聞いている。
だから私もその子たちと同じように端っこから応援しつつ練習を見せてもらって、よければ何か差し入れでもしようかなってだけなのに。

別に無理強いするわけじゃないんだけど、何か納得いかずに理由を聞き続けるが、鎌先はとにかくダメだの一点張りで。
こうなると私たちの場合は、どっちも引くに引けずにケンカに発展するだけだった。
…そういうところは相変わらずすぎる。

『もういいよ!私だけはダメってことね!』
「別にそんな事言ってねーだろ!」
『私なんぞは鎌先に近寄らなきゃいいんでしょ!バイバイ!』
「は?オイ跳子、ちょっと待てって…!」

言いながら私は鎌先の机をグググッと押しやり、体との隙間をなくして身動きを取れなくしてやった。
慌てるような鎌先の声を背中に聞きながら、私は教室を飛び出す。
こう見えても足は速い。
特に逃げ足は鎌先にだって負ける気はしない。
…と言っても、追ってきてくれるなんて期待はしないけど。


(前は「次の試合を観に来い」なんて言ってくれてたくせに…。)

付き合い出したキッカケの話題がそれだったから、よく覚えてる。
それなのに何で急にあんなことを言い出したんだろう。

もしかして、私なんかが彼女だというのが恥ずかしくなってしまったんだろうか。
いや、それ以前に、実は付き合っていると思っているのは私だけだったり?

どんどんとネガティブ方向に落ち込んで行く脳内を止める術なんてなくて。
走っていた足をピタリと止めれば、ますます気分が沈下していく速度は加速していく。

冗談だったのかも。
間違いだったのかも。
後悔してるのかも。
…別れたいのかも。

(…こんな可愛くない性格をしているのだから、それも仕方ないのかも。)

沈む気分ついでに、ここ数日浮かれていた自分を思い出し、あまりに恥ずかしくてぶん殴りたくなる。
思わずその場の壁にのめり込むように頭をつけて、「うぅー」と一人唸る。
泣くつもりはないけど、今自分がどうしたらいいのか全然わからなかった。


「あ。」
『…え?』

壁とにらめっこしていた私の耳に、予想外にそんな声が届いた。
誰もいないと思っていたのに、と反射的に顔を上げれば、こちらを見つめる背の高いイケメン風な男子とばっちり目が合う。
上履きの色からして一つ下の学年のようだが、雰囲気的にあまりそうは見えない。

そんな男子の後ろにももう一人男子が立っていて、強面の彼は手前の彼よりもさらに大きかった。
目を見開いているようだったから少し驚いていたのかもしれない。

彼らは確かに私を見て声をあげたようだったが、知り合いではない…と、思う。
そもそも年下の知り合いなんて、部活をやってるわけでもない私にはなかなかできようもないのだ。

もしかして、壁に頭を打ち付ける変な女発見、とかだろうか。
だからついつい見てしまったとか。

しかしそれならばすぐに視線を外すだろうに、私と彼の視線は相変わらずぶつかったままで。
私も何故か逸らせずにいると、相手がフッと目元を緩めた。

「あーすいません。もしかして、鈴木さんですか?」
『へ。いや。じゃなくて、そうですけど。』
「ハハッ。どっちッスか。」

ビックリして変な返しをしてしまったせいか、目の前の彼はククッと細い肩を揺らした。
生意気そうな笑顔だったけど、大人びた雰囲気が少し和らいで年相応に見えたような気がする。
何で私の名前を知っているのか黙って答えを待っていると、それに気付いたのか「あぁ、」と彼は笑いを止めた。

「俺らバレー部なんスよ。俺は二口、こっちは青根って言います。」

二口くんの紹介の流れのまま後ろの彼に視線を移せば、青根くんと呼ばれた彼は無言のまま丁寧に頭をさげてくれた。
それを見て、私も慌ててペコリと頭をさげる。

『えっと、二口くんに、青根くん。』

確認するように口元で呟くと、それぞれの名前の時に小さく頷くようなリアクションが返ってきた。

確かにこれで相手の素性はわかった。
が、それでもやっぱり自分との関係性がわからない。
名前にも聞き覚えはないし、もしや何かをやらかしたのか、と恐る恐る視線をあげる。

『んで、私が何か…?』

ニコニコというよりか、むしろニヤニヤに変化しているような二口くんの顔に問いかけると、表情を崩さないまま彼は答えた。

「いや、急にスイマセン。鈴木さんって鎌先さんの彼女さんですよね。」
『えっ。』

これまた予想外すぎる言葉が飛び込んできて、私は肯定もせずただピタリと固まる。
そんな私を余所に、二口くんは言葉を続けた。

「それまでちょいちょい自ら名前出してたくせに、急に鈴木さんの名前を聞くだけで真っ赤になるようになって。あぁこれは付き合ったんだなぁって思ってたんですよね。」
『……。』

楽しそうな表情のまま「鎌先さん、わかりやすすぎなんで」と言う彼に、私は返す言葉がない。
彼はからかうように言っているけど、私はそんな鎌先の態度をどう捉えていいのかわからなかったのだ。

「だから"会わせてくださいよ"ってすげー言ってんのに、鎌先さんイヤがるんスもん。」
『…あぁ、そういうことか。』

やっぱり鎌先は、私なんかが彼女だというのが恥ずかしいのだ。

二口くんの言葉に対して、さっきまでのネガティブ回答が口から漏れ出ようとした瞬間、背後から大きな声が響き渡った。

『それは…、』
「てめぇ二口ィ!!」

ドドドという地響きを鳴らしながらやってきた声の主が、私と二口くんの間にバッと体をもぐりこませる。
私の目の前は鎌先の広い背中でいっぱいになった。

『鎌…!?』
「お前、跳子にだけは手ぇ出すんじゃねぇ!シャレになってねぇぞ!」
「いや、出してないッスよ。」
「てめー、跳子に"興味あります"とか言ってたじゃねーか!だから絶対部活には近寄らせねーようにしてたのに、なんで話してんだよ!」

………えっ?

今何か思ってもみない言葉が聞こえたような。

もう一度それを確認したくて、前に立つ鎌先の後ろ姿に手を伸ばすが、その手はグイッと鎌先の手に包み込まれてしまって。

「それは鎌先さんと付き合うなんて、どんだけいい人なんだっつー興味ですよ。」
「あぁ?!」
「というか、ホントに付き合ってるんですか?鈴木さん随分と思い詰めた顔してましたけど。」
「んだと、どういう意味だ!」

その手を見つめる間にも、息つく暇もないまま、彼らの会話はどんどんと続いていく。
というか火に油が注がれるように険悪になっていく。
その内容は確かに耳に入っているのに、理解も追いつかず口を出すこともできない。
おそらく、二口くんの方はわざとだろうということだけは顔を見れば何となくわかった。

「鎌先さん、どうせヘタレて何もできてないんでしょ。」
「っはぁ!?」
「だったら確かに俺が押してみてもいいかもしれないですね。鈴木さん、俺とかどうスか?」

二口くんのあからさまな冗談に、私は軽い頭痛を覚える。
そして、眉間に力を込めた青根くんが「二口、」と彼の肩を押さえて止めてくれようとしたと同時に、私の手を握っていた鎌先も動いた。
私は急に腕を引かれて、バランスを崩すように鎌先の隣に躍り出る。

『うわっ、』
「コイツは俺んだ!お前にも他のヤツにも絶対にやんねーからな!!!」
『ちょ、?!』


次の瞬間、顎をグイと持ち上げられるように無理矢理上を向かされた私の眼前に、怒ったような鎌先の顔のアップがあって。
気付けば噛みつかれるように、唇を食べられていた。

キスをされてると理解し、余りの状況に鎌先の胸をどんどんと叩くけど、厚い彼の胸板はびくともしない。
それどころか私の頬と体を拘束する腕は力を強めた。

パニックで気を失いそうな私の耳に、ヒュウという口笛が聞こえた。



「…悪ぃ。」

あの後、「お幸せに」なんて言いながら二口くんたちが立ち去ってから、彼にひっかけられたと理解した鎌先は真っ赤になりながら私に謝った。

もうなにがなんだかと言った感じでその場でへたりこんだ私は、怒りなんて通り越していたのだけど。
それでも何も言わない私が相当怒ってると思ったのか、鎌先は私の横にかがみこんで謝罪を続ける。

「…ほんとに、ごめんな。その、初めてがあんなんなっちまって…。」

何度目かの謝罪の言葉を呟いた鎌先の横顔をチラリと見上げる。
真っ赤になった耳はそのままで、今さらながらに私も先程のファーストキスを思い出せば、私の耳にもカーッと熱が集まる。

『…部活に来るなって。そういう理由なら言ってくれればよかったのに。』
「ば…!んなの言えるかよ。」
『でも、私が彼女じゃダメなのかなとか思ったよ。』
「っ、…悪い。そんなわけねーから。」

一瞬驚いたようにこちらを向いた鎌先の顔が、気まずそうに歪んだ。

「…キス、だってさっきは勢いでしちまったけど、別に軽い気持ちとかじゃねーよ。」
『…うん。』
「お前のこと好きだし、ずっとしたかったっつか、」
『……っ。』
「だから、その…。ちゃんと後でやり直すか。」


いつのまにかすっかりチャイムは鳴ってしまっていたんだろう。
この先には普段使ってない教室があるだけだから、人の気配はますますない。

意図せずとも授業をサボってしまった私たちは、その場から動こうともせず廊下の壁を背にしてもたれかかる。
まるでかくれんぼをしているみたい。

『そういえば二口くん、イケメンだった。』
「…だから会わせなくねーんだよ。アイツ先輩を先輩とも思ってねーし。」
『青根くんは、怖いけど優しそう。』
「まぁな。だからってついてくなよ。」
『いかないよ!…でも、仲良しで楽しそうだね。』
「あぁ。…今度ちゃんと紹介すっから、部活観に来い。」
『勝手だなぁ。』

180度変わった言葉についくすくすと笑いをこぼせば、鎌先がニッと笑った。

「知らなかったのか?俺は自分勝手なんだよ。だからお前は俺んだって勝手に決めたから。絶対離さねーよ。」

そう宣言した鎌先に、離れるつもりなんてないよ、って返したかったのに。
ゆっくりと近づいてきた鎌先の目が真剣だったから何も言えなくなって、私の言葉は鎌先の唇に閉じ込められた。


「…跳子、顔真っ赤。」
『…鎌先だって。』
「るせ。…教室、戻りづれーな。」
『…だね。』


あぁ、もう。
これからまともに鎌先の顔が見れる気がしない。

こんな態度をとっていたら、確実にクラス中に何かあったとバレてしまう。
そう思って熱くなった頬を必死に押さえるけれど、どうしたってゆるゆるにニヤけるのは止められそうになかった。


凛子様、リクエストありがとうございました!


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