長編、企画 | ナノ

悪気のない恋心


今日もパタパタと軽快な音を立てる鈴木の姿が目に飛び込んできた。
気付けば視界に入ってくる彼女はとにかくいつも忙しそうに走っている。

別にだから悪いというわけではなく、むしろそれでも楽しそうな姿を見ると部活全体が明るい雰囲気になるし、俺も心なしか気分が高揚するので構わないのだが。
ただ、足元が疎かになるせいか何度か躓きそうになっているのを見たことがあるので、ついつい眉根が寄ってしまうのだ。

「…少しは落ち着いた方がいいと思うんだが。」

小さくなる後ろ姿を追ったまま無意識にボソリと呟けば、側にいた天童が「んん?」と大きな目を見開く。

「若利くん?誰の事言ってんの?」

聞きながら俺の視線の先を確認したらしい天童は、俺が答える間もなく「あぁ、鈴木ね」と納得したように笑った。
別に否定するでもなくコクリと頷いて返せば、天童はどこか楽しそうにその大きな目をキョロリとこちらに向ける。

「で、何でそんなこと思ったのん?」
「いや、ただ−…、」

天童の問いに俺は先ほど思ったことをそのまま伝え、もう一度同じ言葉で締めくくる。
途中、周囲でストレッチをしていた何人かが、なんだなんだとばかりに寄ってきたが別に気にすることでもない。
俺の言葉を聞いて「んー…」と腕組みをしていた手を顎に当てた天童がパッと顔をあげた。

「それってさ。鈴木が若利くんの視界に飛び込んでくるんじゃなくて、若利くんが鈴木のこといつも見てるだけじゃない?」
「?別に見ていないぞ。」
「いやいやいや。無意識的な話だって。」
「もしや気づいてなかったのか?」

天童の言葉に首を傾げていると、それを追うように瀬見が驚いたような声を上げた。
他の連中も概ね目を見開いてこちらを見ているから、どうやら俺に対して発した言葉で間違いないらしい。

「む?何がだ。」

なぜそんな視線を向けられているのか解らず、疑問をそのまま口にすれば、はぁーっと揃って大きなため息をつかれた。

「まぁ仕方ない。若利は超バレー馬鹿だしな。」
「それにしたって、まさか無自覚だとは思わなかったぜ。」
「若利くんらしいけどね。」
「何がですか?」

どうやらわかっていないのは俺と、そう疑問の声を出した五色だけらしい。

問いの答えを黙って待っていると、天童にビシッと人差し指をつきつけられた。
…あまり褒められた行為ではないと思うのだが。
密かに眉をひそめている俺を気にせず、天童はハッキリと言い放つ。

「それは恋です。LOVEです。トキメキです。」

一瞬言葉の意味が理解出来ず、沈黙が流れた。


恋、とは世間一般でよく聞くあの恋愛感情のことだろう。
思わず大平の方に顔を向ければ、大平は苦笑いを浮かべたままコクリと頷いた。
途端に妙に納得してしまう。

「…ふむ。」

…そうか。これがそれなのか。

言われてみれば、鈴木を見るといつもより体温が上昇している気がするし、心臓も動きを早めているような。
なるほど、という言葉を頭の中で飲み込む。
俺は鈴木が好きなのか。

自覚した途端に、思い浮かんだ鈴木の笑顔がキラキラと特殊なフィルターがかかったように輝きを増した。

「わかった。」

顔をあげてそれだけ言うと、目の前で「えぇっ?!」と五色が大きな声をあげる。

「うっ牛島さんが、鈴木さんのこと好きなんですかっ?!」
「うむ。そうらしい。」
「ぐぬぬ、」
「つとむ。気付いてなかったのはお前と本人たちくらいだからちょっと黙っとけな。」

何故か悔しそうに唇を噛み締める五色を瀬見が宥める。
対して天童は、むしろブーブーと不服そうな顔を向けてきた。

「にしても"わかった"って…、若利くんそれで終わりー?」
「終わりも何も、理解したが。他に何かするべきなのか?」
「いや、そりゃそうでしょ!」

当然とばかりに勢いよく俺にそうつっこみを入れるが、俺には天童の言いたいことはまるきり理解できない。
見かねた瀬見が、諭すように俺を見る。

「次にすることっちゃー、告白だろ。こーくーはーく。わかるか?」
「告白の意味くらいわかるが。それは絶対に必要なのか?」
「まぁ絶対ってわけじゃねーけど。んじゃ例えば、何もしないまま鈴木が誰か他のヤツのもんになったとしたらどうよ?」
「……。」

瀬見の言葉を聞いて、他のヤツの隣で笑う鈴木の姿を思い浮かべた。
ソイツを特別に想う鈴木の笑顔は、きっとキレイだろう。
そして俺じゃない誰かが、そっとその手を握りしめた。
そう考えただけで、なんだかモヤっとした嫌な気持ちが胸に広がる。

「…よくわからんが、それは何かイヤなようだ。」
「だろ?なんだ。ちゃんと独占欲もあんじゃん。」

独占欲、というのはアレか。
小さい頃のおもちゃの取り合いの要因になるやつか。

色々と浮き彫りになる自分の感情に、俺は自分で思っているよりも随分と子供じみているんだななどと思った。


そんなことを思っている俺を余所に、部員たちの話し合いはまだまだ続いていた。
皆、何故かずいぶんと楽しそうだ。

「そうと決まればちゃんと準備しないとねん!」
「ほっとくと、いつまで経っても進展しなそうだしなぁ。」
「まぁまずはこう、いつもとどっか違う感じを出してみるとか。」
「違う感じってなんですか。」
「何でもいんだよ。ちっちゃいことでも。例えばそうだな、−名前で呼んでみるとか。」

いいなそれ!なんてワッと盛り上がる部員たちを見て、俺は鈴木の名前を思い浮かべる。
確かに今まで呼んだことはないが、それで何か変わるものなのか?

「んで、もしかしてって思わせといて、誕生日とかイベントん時に告−、」
『あれ?みんな、まだストレッチ終わってないの?監督もコーチも遅れてるけどもう来るよ?』
「うわっ、鈴木!」

いつの間にか体育館に戻ってきたらしい鈴木が、気付けばすぐそばまでやってきていた。
肩を跳ねさせる部員たちの様子に顔をしかめた鈴木を見ながら、俺は改めて自分の気持ちを確認する。

うん。
確かに俺は、鈴木のことが好きらしい。

『何よ、その感じ。悪口でも言ってたの?』
「いやいや。そんなわけないし。」
「マネージャー様様ですよ。」
『そこまで言われると、逆により怪しいよ…。』

天童たちに呆れた視線を向ける鈴木の横顔に、俺は声をかける。

「鈴木。」
『ん?』
「じゃなく、跳子、か。」
『へっ!?ど、どどどうしたの牛島くん!』
「俺はお前が−、」

そこまで言いかけた時、先程まで告白だなんだと騒いでいたハズの部員たちが慌てて俺の口を塞いだ。

「ちょちょちょちょっと待った!若利くん、ちょっとこっち!」

そのままズルズルとコートの端まで引きずられる。
外された手をしかめ面で見ていると、ひそひそと怒ったような言葉をかけられた。

「何さっそく言おうとしてんの!」
「む。」
「こう雰囲気とかムードとか大事だろ!」
「その二つは、何か違うのか?」
「それはいいから!今ツッコむとこはそこじゃねぇ!」

小声から一転して思わず大きな声を出した瀬見に、鈴木が少し離れたところからちょっと悲しそうな視線を向けた。
あまり見たくない表情だ。

『?何かないしょ話?』
「や、別に−、」
「そんなことはない。」

俺は皆の輪から抜け、鈴木の前に立った。
迷わず、自分の今の想いを言葉にする。

「俺がお前のことを好きだというだけの話だ。」
『へ、』
「跳子のことを独占したいと思っている。」
『え、えぇぇっ?!』

顔から首まで全部を真っ赤にした鈴木が、そのままぱくぱくと空気を求める魚のように口を上下させる。
声が出ていないみたいだが、どうしたのか。

「あちゃー。だから止めたのに。」
「…こりゃ鈴木、今日一日仕事になんないな。」
「ん?そうなのか?」

頭を抱えた周りの奴らの言葉を聞いて、鈴木の状況を理解した。
なんだか知らんが、仕事の邪魔をしてしまったらしい。

「それは困るな。それなら気にするな。跳子が一生懸命やってる姿を見るのが一番好ましい。」
『な…!』
「そういえば、好きだと思ったキッカケもそれで…、」
『ひぃっ!わかった!わかったから今はもう勘弁してください!』

居たたまれない、といった表情をした鈴木が、必死な様子で俺を止める。
俺はまた何か悪いことをしてしまったのだろうか。

『部活!もう始めないと、でしょ!』
「あぁ、そうだな。」
『わ、私はまだ別にやることあるから、行くね!』

そのまま体育館の扉に向かって走り去ろうとする鈴木が、はたとその足を止めてゆっくりと振り向いた。

『あのっ、牛島くん!』
「ん?」
『後で…というか今日の帰り、話したいことがあるから、待ってて!』

俺はそれに大きく頷きで返した。
それを確認した鈴木が、真っ赤な顔を綻ばせてからまたパタパタと走り去る。

その後ろ姿を目で追いながら思わずふっと笑みを溢すと、俺の顔を覗きこんだ天童が「めずらしっ」と大きな声を出してまた皆が騒ぎ出す。

それでも俺は、なんだか笑うのを止めることが出来なかった。


アヤセ様、リクエストありがとうございました!


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