長編、企画 | ナノ

夏好きなあなたと冬好きな私


夏休みに入り、毎日暑い日が続く。

太陽に熱されたコンクリートがゆらゆらと揺れる陽炎を作った。
よりにもよって風もないこんな日に、委員会で登校しないと行けないなんて。泣ける。
頭の中で愚痴りながら重たい足を引きずり、学校へ向かった。

『あっづい…!溶ける…。』

そもそも夏はあまり好きじゃない。
暑いもんはどんだけ脱いだって暑いし、汗でベタベタになるし、何よりも食べ物はすぐにダメになる。
クーラーは涼しいけど、あまりずっと浴びてるとなんだか頭が痛くなってしまうし。
出掛けてしまえば楽しいというのは解ってはいても、なかなかやる気にはつながらないのだ。

学校に到着して一応時間を確認してみる。
うん、よかった。全然余裕だ。
とりあえず冷たい飲み物を買って委員会活動前に喉を潤そうと、一番近い自販機に足を向けた。

その途中、渡り廊下から見える体育館近くの水道で、何やら騒がしい声が聞こえてきて。

「ぐぁぁ、暑っちぃー!クソ及川め!」
「今日ロード出る日差しじゃねーべ。」
「文句は俺じゃなくて溝口くんに言ってよ!」
「やべぇ、Tシャツすでに汗で絞れんだけど。替え足りっかな。」

聞き覚えのある声に足を止めて覗いてみると、いつもの男バレ4人衆がギャーギャーと騒ぎながら頭から水をかぶっているのが見えた。
暑そう、だけど何だか楽しそう。
飛び散る水飛沫がキラキラと光って、私はついそのまま見入ってしまった。

「あ、跳子。」

そんな風にボーッと突っ立っていたら、そりゃ見つかるわけで。
貴大くんが私の名前をボソリと呼べば、残りの3人もこちらを振り向いた。

「わぁ!跳子ちゃーん!久しぶりー!」
『…ますます、暑苦しい…。』

ブンブンと手を振る及川の全開の笑顔に、私はつい顔を顰める。
それと同時に、実際はそんなことは思っていないのに憎まれ口が勝手にこぼれた。
−もうこれは反射的というか、癖みたいなもので。

及川が、直視できないくらいに眩しすぎるのがいけないんだ。

「どうしたの?夏休みなの忘れて間違えて登校しちゃったの?」
『そんなわけないでしょ!今週は委員会の当番なの!』
「どちらかと言えば、跳子は夏休み明けたことに気づかずに登校し忘れる方がありそうだよな。」
『…うるさいな。』

4人がワシワシとタオルで頭を拭きながらこちらに歩いてきて。
ポタリと滴った雫が日に焼けたコンクリートに落ちて、そしてすぐに乾いた。
一応ここには屋根があるから日差しは遮られているけど、それにしても暑そう。4人ともすごい汗だ。

『部活、休憩中?』
「うん。ロード終わってちょっとだけね。この後OBの先輩たちが来るから試合三昧かなー。」
『…うわ、暑そ。』
「あっついよー!窓とか開いてるのにサウナ状態だよ。−まぁそれでも日差しがないだけ、屋外スポーツよりはマシなんじゃない?」

言葉とは裏腹に及川が爽やかに笑い、手にしていたボトルに口をつけた。
夏の日差しを背負っているのが、すごくよく似合う。
なのにゴクリと動いた喉とかそこを辿る汗とかが妙に色っぽくて、私も思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。

「…?どしたの?あ、跳子ちゃんも一口飲む?」

私の目線に気付いたのか、及川が不思議そうな表情を浮かべてボトルを差し出してくれて。
でも私はブンブンと頭を思いっきり横に振った。−やば、振りすぎてクラクラする。

「そんなに嫌がらなくても…」なんて頬を膨らませた及川を見て、他の三人が笑った。

こんな日に、体育館に籠って練習なんて信じられない。
まぁどんな日だって彼らは変わらないんだろうけど。
日差しがないだけマシなんて軽く言っていたが、室内の熱気だって相当なものだと思う。

『頑張ってる、ね。』

普段私に対してあんな感じだから忘れてしまいそうになるけど、やっぱり及川は真面目なヤツで。
言動から軽く見られがちだけど、バレーボールに対する真摯な姿勢はもちろん、他の何にでも努力する人だ。
実はそういうところは心からスゴイと思うし、尊敬してる。

一生懸命打ち込めるものがある−。
ただそれだけでも何もない私にとっては眩しさの対象だった。

『明日も、学校で練習?』
「んー?そうだよ。」
『じゃあ…、』

素直に驚いてしまった私は、明日は何か差し入れをしてみようかなんて珍しいことを考える。
ある意味私のやる気を引き出した及川はスゴイのかもしれない。

それを口にしたら思った以上に騒がしくなってしまったから、ものの数秒で後悔したんだけど。
今更取消した方がうるさくなるのは必至なので、私はふぅと息をついて皆の方を向き直った。

『簡単なものしかできないけど。何か希望ある?』
「あー俺は、」
『シュークリームは面倒だから却下ね。あと個別対応とかも無理だから。簡単で皆一緒のヤツね。』

ピシャリと言った私の言葉に、貴大くんが不満げに小さく舌打ちする。
…ちょっとどういう態度ですか、それ。

『ただでさえ暑いのにオーブン使うとか嫌だから、焼き菓子系自体不可です。』 
「それ、すげー範囲狭くね?」

睨みあう私と貴大くんの間に、「俺が決めるの!」と言って及川が乱入してくる。
散々悩んだ結果、フルーツの入ったフローズンヨーグルトということで落ち着いた。

『それなら涼しいし、私も食べたいからいいよ。』
「ありがと。それにしても跳子ちゃん、夏キライそうだよね。」
『うん。まぁ夏が嫌いというか単純に暑いのが苦手って感じ。汗でベタつくのほんとイヤだし…。でも確かに冬の方が好きかな。なんかあの凛とした澄んだ空気とか。』
「わかるけどね。でも俺は夏の方が好きだけどなー。」
『…女の子の薄着とか水着とか…?』
「違うよ!そのイメージひどい!」
「まぁ男としちゃ間違ってねーような気がするけどな。」

松川くんのぶっちゃけた発言に貴大くんたちが頷くと、及川も「…そりゃまぁ」ともごもごと小さく肯定の言葉を口にする。
じとっとした視線を送ってみれば、全員私と目を合わそうとしなかった。

「ま、冗談はさておき。」
『冗談じゃないでしょうよ…。』
「−汗だってもう諦めつくくらいにかいちゃえば、逆に気持ちいいよ。」

ニッと冗談っぽく笑った及川が、ふ、と目を細めて空を見た。
何を見ているかはよくわからない。何も目に入っていないようにも見えた。
その柔らかそうな濡れた髪を乱雑にかきあげる腕は、Tシャツのところで色が分かれて焼けている。
それすらも努力の勲章のように思えて。

夏の及川は、恐ろしいほどキレイだ。
やっぱり私は、暑さじゃなくて夏が苦手なのかもしれない。

捕らえられたような視界の中で、及川がこちらを見てもう一度笑った。
そのまま彼が口を動かしたけど、ぼんやりと見惚れてしまっている私の頭には言葉の意味が届かない。

「−うか?」

そして私は、内容を理解しないままコクリと頷いてしまっていた。

「っ!え、ほんとに?!」

及川が驚きの声をあげ、私はハッとする。
見回してみると他の3人も驚いたような表情を浮かべていて。

『…ん?』
「マジか鈴木。」
「ついに諦めたのか。」
「跳子…。」
『え?』
「やったー!じゃあ後で連絡するねー…ってやば!そろそろ戻らないと溝口くんにキレられる!じゃあね跳子ちゃん!楽しみにしてる!」

引き続き首を傾げている私に手を振って、4人は慌てて背を向けた。

「マッキー、絶対ついてこないでよね!」
「いや、頼まれても行かねーよ。」

立ち去っていく彼らの背中を見送りながら、私は先程の及川の言葉をもう一度よく考えてみる。

及川は、及川の口はなんて言った?


−そうだ!跳子ちゃん、今週末休みだから約束のデートしようか?−

デート…!?
約束のって…まさか、海!?


あぁ夏ってやっぱり厄介だ。
その場で思わずへたりこみそうになった時、委員会仲間からの怒りの電話が鳴り響いた。

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