長編、企画 | ナノ

与えられた役どころ



とうとう明日から文化祭が始まる。

教室内の机やイスをどかし、有志で自宅から持ってきたハンガーコートや全身鏡などを設置していく。
私も家にあるトルソーを3体ほど父に借りて持ってきていたので、とりあえず着せる服が決まるまではと自分の横に置いておいた。

商品は洋服の他、小物なども多数集まった。
皆の家族も協力してくれたみたいで、少し高そうなブランド物まである。
今日までの準備の段階ですでにそれぞれに値札は付いているので、後は畳んだりハンガーにかけて並べるだけだ。

私は洋服を一つ一つ見て丁寧に畳みながら、なんだか顔がにやけてしまうのを止められなかった。

普段自分が着る服とはまたテイストの違う服や、あまり手に取ることのないメンズ服。
誰かのお母さんが着ていたレトロな柄のワンピースに、味のある破れの入ったデニム。

うちとは違う柔軟剤の香りが古着独特の雰囲気に相まって、妙に私の気分を高めた。
私は無意識のうちに鼻唄を歌いながら洋服を広げる。

「なぁにニヤニヤ笑ってんだ?鈴木。」
『えっ!?あ、や、普段あまり縁のない洋服がたくさんあってつい…。』

そこへ大きいダンボールを運んでいた岩泉くんに声をかけられ、慌てて顔を戻しながら言い訳をしてみるも岩泉くんは少し意地悪そうに笑った。
また変なところを見られてしまった。

ダンボールを所定の位置に置いた岩泉くんが、私の隣にしゃがみ込む。
肩が触れそうな近さに私はドキリとするが、なるべく平常心を保とうと作業を続けた。
しかし今度は洋服を畳む手元をじっと見つめられ、私はちょっと緊張してしまって急に動きがぎこちなくなってしまうが、幸い岩泉くんにはバレなかったみたいだ。

「へぇ…器用なもんだな。」
『そう?皆畳み方は似たようなもんだと思うよ。』
「…なんだそれ。服か?」
『えっ?もちろん服だよ!ここに袖通してこっちが首で…。んー、手元だと解りづらいかな?』

私が手にしていた洋服の構造を不思議そうに見る岩泉くんに、近くにあったトルソーに着せてみてもう一度説明してみる。

『…っと、こんな感じ。んー、やっぱコレ、着せてみないと可愛さわかりにくいなー…。このままトルソーに着せて売ろうかな。』
「こんなとこに首通んのかよ。女の服ってわけわかんねーな。」
『男の人の服に比べたらそうかもね。』

まじまじと服を見る岩泉くんがちょっと可愛く見えて、私は小さく笑った。

その時、小物コーナーの方から女の子たちのキャッキャッという楽しそうな声が聞こえてきた。

「ここに及川くん専用コーナー作ろっか!」
「いいかもー。というか同クラ特権で先に買いたいんだけどー。」
「ハハッ。それは職権乱用だからダメだよ。」

女の子たちに囲まれた及川くんの声も聞こえてきて、無意識に岩泉くんとそちらに視線を向ける。
すると目が合った及川くんが「岩ちゃん!跳子ちゃん!」と反応し、その場の女の子たちに手を振って私たちの向かい側に腰を落とした。

『及川くんコーナー作ったら大盛況になりそうだね。』
「んー。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、本当に作られるとちょっとねぇ。」

前の雰囲気からしてノリノリかと思っていたので、少し困ったような表情を浮かべる及川くんにちょっとビックリする。
そんな私に気づいたのか、及川くんが私に向かって苦笑いを浮かべた。

「ホラ、なんか何に使われるかわかんなくてちょっと怖いなーなんて。」
「あぁ、呪いとかか。確かにやられそうだよな。」
「真顔で怖いこと言うのやめてよ岩ちゃん!」
『ちょっと及川くん!売り物投げちゃダメだよ!』

岩泉くんに向かって目の前にあったTシャツを投げつけた及川くんをたしなめれば、シュンとするように大きい身体を小さくまとめながら、目の前の服を一緒に畳んでくれた。

「…あとちょっと、今本気で困る子たちもいるからさー。」
「…アイツらか。」

大きなため息をつく二人に疑問の視線を向けてみれば、及川くんが簡単に話してくれた。
どうやら部活中にもギャラリーではなくベンチまで押しかけたり、帰りに待ち伏せして家までついてこようとする熱狂的なファンの子たちが居るようで。

『うーん、それはちょっと困るね…。』
「そうなんだよね。彼女が居るなら諦めるって言うんだけどさー…。」

語尾を濁すように呟いた及川くんが、急にパッと顔をあげた。

「っそうだ!跳子ちゃん彼女のフリしてよ!」
『えっ!?』
「はぁっ!?」

急に明るい表情になった及川くんに対し、私と岩泉くんは素っ頓狂な声をあげる。

「これこそ名案!ってヤツだね!」
『いや、及川くん。全然名案じゃないよ、それ!』
「だってそしたら跳子ちゃんも変な告白減るよ!嫌なんでしょ?」
『変な、と言うか、急に掌を返したように好きとか言われたって本気じゃないだろうし、それは嫌なんだけど…。』
「うんうん、それならお互い損はないよね!跳子ちゃんの彼氏役、任せてよ!」

明らかに人の話を聞いていなそうな及川くんに対して私が言葉に詰まらせていると、「及川ー」とクラスの男子に呼ばれた及川くんが上機嫌のまま立ち上がった。

「じゃ、跳子ちゃんヨロシクねー!」
『ちょっと…!』

私の言葉をものともせず、ウィンクと共にものすごい速さで及川くんは消えてしまう。

(…後でちゃんと断らないと。)

確かに一瞬言葉に詰まっている時に、"冷やかし告白は減るかもしれないな"なんてちょっと思ってしまったけど。
やっぱりそんな嘘はつきたくないし、真剣に及川くんを好きな子に悪いと思う。

ため息をついて再び服に手を伸ばせば、隣に居た岩泉くんがチッと小さく舌打ちしたのが聞こえた。

「…鈴木。お前、(告白されて)困ってんのか?」
『え。まぁ…(彼女役なんて)、困るよね。』
「なら…(及川がやるくらいなら)、俺がその役やってやる。」
『えぇっ!?』

岩泉くんが言いにくそうに言葉にした前半部分は、あまりちゃんと言葉として聞こえなかったけど。
でも、"困ってる私の役を代わってくれる"、ということはすなわち…。

『…岩泉くんが及川くんの彼氏のフリするのはちょっと…。』
「は?」
『…そんな事したら、なんというか、別方面の子たちが集まってきちゃうと思うよ。』

相手が女の子じゃないとしても、正直そんな岩泉くんを私はあまり見たくない。
そんな事実はひた隠しにしながら答えてみれば、目を見開いていた岩泉くんが深いため息をついた。

「…んなわけねーだろが…。」
『岩…?』
「っ鈴木、お前…、バーーーカ!!」
『いたたたたっ!ちょ、岩泉くん?!』

急に彼の大きい手を頭上に乗せられ、首が沈むくらいにグリグリとされてかなり痛い。
なんでこんな事になっているのかはわからないけど、その後もう一度岩泉くんに「バカ」と言われてしまった。


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