長編、企画 | ナノ

移された熱



合宿最終日のお昼ご飯は、毎年恒例だという監督と父母会の奢りによるBBQ。
小学校でキャンプファイヤーはやったことがあるけれど、実はBBQは初めてで。
外でワイワイと騒ぎながら食べるお肉がこんなに美味しいなんて、私はこの日初めて知った。

あれよあれよという間に消えていく大量のお肉に全く身動きが取れないでいたけれど、そんな私に気を使ってくれた花巻くんと松川くんが「食いっぱぐれんぞ」と私のお皿にどんどんとお肉を盛ってくれた。
そのおかげで最後の〆の焼きそばの頃には私はすっかりお腹いっぱいになっていて。
そっと皆の輪から抜け出し、隅っこの木陰にあるベンチに腰掛けてフゥと息をついた。

(スゴイなー、皆…。)

ここから遠目に少しだけ様子が見えるけど、食べ物の争奪戦はまだまだ終わっていない。
小さく聞こえる騒ぎ声が何だかおかしくて、思わず頬が緩んだ。

(あっという間だったなー…。楽しかった。)

なんだか胸もお腹もいっぱいで、行儀が悪いと思いつつもそっとそのままゴロンと横になる。
木陰だけどチラチラと差し込む光が少し眩しくて、持っていたタオルで目元を隠した。

ぼんやりとし始めた頭でいろんな事を考える。
とりとめもなく次々と色々な事を。

楽しかったし、皆いい人でよかった。
バレーをやる岩泉くんは本当にかっこよかったな。
私は体育のバレーボールですら、腕が痛くなってまともにレシーブもできたことがない。
それにあんな早いボールが向かってきたら、手を出す前に絶対に目を瞑ってしまう。
でも、次は頑張って手を伸ばしてみようかな。

覚えたルールと皆の動きが頭の中でイコールで結びつく。
…うん、皆かっこよかった。
でもやっぱり岩泉くんが好き。
ほんの少しだけ及川くんからのマネージャーのお誘いを蹴ったことを"惜しかったかも"、なんて思う。



そのままつい私はウトウトとしてしまったみたいで。
夢と現実の合間で、草むらを踏み分ける足音が聞こえてきた気がした。

(ん…、誰だろ…。あ、私寝ちゃってる…?起きないと…。)

心地いい微睡の中で、頭ではそう思っているのに身体が言う事を聞かない。

聞こえていた足音がすぐ近くで止まった。
目を開けようと思うのにそれすらできなくて、歯がゆい感覚のままそれが誰かを確認しようとする。
声なら出るかなと思ったけど、それも無理だった。

(誰…?今起きるから…。ちょっと待ってて…。)


ふと、閉じている瞼の裏の影が濃くなった。
タオル越しの柔らかい光が何かに遮られたみたいに。

そして−…唇に、何かが、触れた。


遠のいていく気配と、徐々に覚醒していく自分の意識。

『っ?!』

ガバリと起き上がると、目元に置いていたタオルが下に落ちた。
キョロキョロと見回してみても近くには誰もおらず、遠くに相変わらず騒いでいる皆が見えた。
眠る前とあまり変わっていない様子に、時間はそんなに経っていないことは理解できた。

『今の、は…え?』

茫然としながら、自分の唇を指で触ってみる。
つい先ほどそこに触れた感触は妙にハッキリと覚えていた。

優しくて、熱かった。
まだ移された熱が残っているような気さえする。

−あれは、夢じゃない。

それを確信すれば、唇だけじゃなく顔が熱くなった。


「鈴木ー?どこだー?」
『っ、ハ、ハイッ!!』

コーチからの呼び声にハッと驚きながら戻っていくと、BBQ終了の合図。
流されるように全員で片づけをして、そのまま解散となった。

皆まだまだ元気で帰りにどこか寄るみたい。
私も及川くんに誘われたけど、ちょっと今はそれどころじゃないから丁重にお断りする。

私は焦っているような、それでいてどこかフワフワするような気持ちのまま、お礼を言ってくれる部員さんたちに手を振って答えながら帰路に着く。

(誰かが、私にキスをしたって事−?)

もう一度そっと振り向いてみると、楽しそうに笑う皆の背中が視界に入った。
それはいつもと何ら変わらないように見える。


−大きな謎を残したまま、合宿が終わった。


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