長編、企画 | ナノ

私だって、



合宿後半には仕事にもだいぶ慣れてきて、時間にも多少の余裕ができる。
そんな時には監督の許可をもらって練習や試合を見させてもらい、ルールブックを片手に少しだけでもバレーの勉強。
でも実際には早すぎて全然ちんぷんかんぷんで、本のどこを見ていいかすらよく解らなくて。
それを見かねたのか、控えにいた矢巾くんがその都度簡単なバレーのルールとかを教えてくれた。

何となくオリンピックや世界大会をTVで見てスゴイなぁなんて漠然と思ってはいたけれど、こうして目の前で見ると改めてあんな高速で飛んでくるボールを捕れることや、状況を瞬時に判断してとっさに連携がとれることに驚きを隠せない。

特に岩泉くんと及川くんの連携は、贔屓目に見てしまうのを差し引いたとしても息がピッタリだと思った。

その二人は試合形式の練習が終わって休憩時間になっても、主将さんたちと一緒に真剣な顔で何やら話し合っていた。
そんな時は教室で見るいつものお茶目な及川くんじゃなく、怖いくらい真剣な目をしていて。

何となくそちらを見ていたら、今の三年生が引退したら及川くんが主将に、そして岩泉くんは副主将になるんだと花巻くんが教えてくれた。
だから人一倍気合いも入っているし、それに比例するようにプレッシャーだって相当なはずだとも。

及川くんの半ば強制的なカリスマ性といい、岩泉くんの直情的な熱さといい、集団の先頭に立つ人としてすごく納得してしまう。
思わず感心した声でそれを伝えれば、「ま、でも二人とも変なところで不器用っつか、息抜きが下手な時があんだよな」なんて花巻くんが笑った。

そういえばたまに花巻くんと松川くんがおちゃらけて二人の背中を叩いているのを見かけるが、きっとアレもわざとなんだろう。
そう理解したら"仲間にも恵まれているんだなー"と何だか心がほんわりと温かくなった。


「跳子ちゃん。お疲れ様ー。今ちょっといい?」

合宿最終日。
乾いた洗濯物を取り込み終えて戻る途中、休憩に入ったらしい及川くんに呼び止められた。
振り向くと同時に両手に持っていた洗濯物をさりげなくヒョイっと奪われる。
あまりの自然さに一瞬キョトンとしてしまうが、慌てて追いかけるもそのまま所定の場所まで運んでくれて。
本当に優しいなぁと思いながら「ありがとう」と伝えれば、及川くんがニッコリと笑って本題に入った。

「改めてお礼を言おうと思ってさ。今回はすごい助かったよ。ありがとう。」
『どういたしまして、でいいのかな?逆に邪魔しちゃったような気もするけど…。でも色々楽しかったよ。』
「それならよかった!んでモノは相談なんだけど…、跳子ちゃん正式にマネージャーやらない?」

突然の意外な言葉に、私は驚きで何も言えずに息を飲みこむ。

及川くんは笑顔のまま目は真っ直ぐ私を見ていた。それが「本気だよ」とでも語っているようだった。
同時に、あまり役立った感じはなかったけど少しは皆の力になれたのかと嬉しくもなった。

−でも、私は。

『…ごめんね。』

私は及川くんから視線をそらさずにそうハッキリと答えた。

この数日間だけで私なんかが軽い気持ちで入っていい世界ではないと感じたし、何よりも私も彼らの熱に当てられて自分の夢を追いかけたくて仕方がなくなった。
もちろん応援はするけれど、私だって負けたくない。
あなたたちのように、かっこよく輝きたいんだ。

『私ね、悔しかったの。皆が頑張っているのを見て、私は思うだけで何もしてないなって。私は私の夢に向けて、頑張らないと。…スタイリストになりたい。それを叶えるために動こうと思う。だから、バレー部のマネージャーにはなれない。』

真っ直ぐ及川くんの目を見て正直にそう伝えれば、困ったように笑いながら彼も了承してくれた。

「…そっか。それなら仕方ないね。作戦失敗しちゃったなー。まさかフラれるとはね。」
『フラれるって言い方はやめて欲しいなぁ。…でも誘ってくれてありがとう。あの、応援はしてるから。』
「うーん。これはさすがに岩ちゃんでも無理な感じ?」
『ちょ…!及川くん、もうそれやめてよー…。』

途端に焦って熱くなる顔を押さえながら及川くんに文句を言えば、及川くんは「えー?」なんて誤魔化すように私の髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
そんな及川くんの手から逃げるように抜け出せば、
自分でやったくせに私の姿を見て及川くんがブッと吹き出した。

「うわー!跳子ちゃん髪ひっどい!」
『えぇ?!ひどいのは及川くんでしょ?!』

必死に髪を手櫛で直している私を横目に、お腹を抱えて笑い続ける及川くん。
ちょっとイラッとしたからその背中を思い切り叩けば「痛い!」と涙目になった彼を見て、私も思わず笑ってしまう。

結局そのまま二人で笑い合いながら体育館に戻り始めた。

「うわやば!休憩終わる!走るよ跳子ちゃん!」
『えっ?ちょ、私この休憩関係ないよ?!』

時間を見て慌てはじめた及川くんが私の手を取って猛スピードで走り出す。
私の声は風に流されて前を走る及川くんには届かなかったみたいで。
あまりの速さに足がもつれそうになりながら、仕方なく走るしかなかった。


−そんな私たちの姿を見ている影があるなんて、その時の私は全く気付かなかったんだ。


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