セーラー服と秘密結社 | ナノ

幻の幽霊車両を追え!8/9   

霧の間から陽光が降り注ぐ昼下り。
珍しく良い天気のHL、ザップ・レンフロは入院している病院の中庭で電話をかけていた。
相手は今回の敵に襲撃されたために訪ねられなかった愛人の一人、ステファニーだ。しかし話の雲行きは思わしくない。

『今日だけじゃない、最近いつも上の空でしょ?そういうの、結構相手には伝わってるもんだよ』
「いやステファニー今日行けなかったのには理由が」
『バイバイ、元気でね』

言い終えるやいなや携帯電話からはビジートーンが繰り返される。やり場のない苛つきを治めるために思い切り煙草を吸い込み紫煙と共に溜息をついた。
通りがかった看護師からの注意に生返事をして、ザップは煙草をふかしつづける。副流煙が空気に溶け消えていくのをぼんやりと眺めていると、自分の名を呼ぶ声と共に黒髪の少女が眼前に現れた。

「………オウ、生きてたか」

病衣を着た彼女は手足に数か所のガーゼと頬に軽い擦り傷があり、どうやら怪我自体は軽いようだった。
無事で良かったという本心は、喉まで込み上げても素直な言葉としては変換されない。

「今回は本当にすみませんでした」

名前が深々と頭を下げ、一瞬ザップは目を丸くした。
何故彼女が謝罪したのかうっすらと覚えている記憶とスティーブンから聞いた事件の顛末から推測する。

「………敵と攻撃が見えなかったのは仕方ねーだろ。俺だってこのザマだ。ま、貧弱陰毛も無事だし犯人も捕まえたし結果オーライじゃ」
「――今後もし私に何かあっても、放っておいてください」

名前の口から出た言葉にザップは目を丸くした。
理解に一瞬の間を要してから、半ば投げやりにも取れる言葉にただザップは耳を傾けた。傾けようとした。
彼女の薄く開いた唇から、淡々と次の言葉が紡がれる。

「庇いあって怪我するの、馬鹿みたいじゃないですか。これからは自分で何とかするので」
「…策も無えのに”何とかします”。何をするんだよ」

名前の身体が強張った。無表情は崩れ、唇を固く結ぶ。

「レオがウチに来た時と、今回。二回ともいざって時ブルってたのは知ってんだぞ!何かワケが――」
「お願いします」

彼女は深く頭を下げた。
これまで唐突な発言や的外れなことを言う事はあっても、名前は自分の言葉を遮るような事はしなかった。それを一度ならず二度も。
返答でも謝罪でもない、明らかな拒絶。

「オイ名前!」

背を向けて走り去る少女は呼び止めても微動だに振り向かない。ザップはベンチから立ち上がりすぐに追いかけようとした。
しかし、不意に後ろから肩を叩かれ意識はそちらに向けざるを得なくなる。

「よ、ザップ」

そこに居たのはスティーブンだった。
先程クラウスやチェインと共に顔を見せに来て、既に事務所に帰ったものだと思っていたが。

「げ」
「「げ」とは何だ、「げ」とは」

ザップの「げ」には、このタイミングでよりによってスティーブンが現れたというのもあるが、彼が流れるようにベンチに腰を降ろしたのも含まれていた。
すぐにでも名前を追いかけたいザップだったが、スティーブンが座ったことから面倒事か長い話かと本能的に察知した。逃げたほうが後々面倒な気がしたので一旦大人しく座り直す。

「…何スか」
「今回お手柄だったろ。名前とレオもよくやったが、お前の機転と働きが大きかった。クラウスも褒めてたよ。早めに伝えておこうと思ってね」

スティーブンとザップは、けして短い付き合いではない。
合理的で謀略家、時に非情な彼が態々こんな事を言いに来るわけがなかった。

「別に…………つか明らかそれ言いに来たんじゃないでしょ。さっきのどっから聞いてたんスか」
「お前の敵と攻撃が辺りからかな?」
「サイショカラカヨ」
「痴話喧嘩か?」
「ぶっ…あだだ」

あんまりな切り口にザップは意図せず噴き出してしまった。まだ完治していない腹部の傷がじくりと痛む。

「変な冗談止めてくださいよ。…いざって時に動けねえんすよ、アイツ。マジでどーにかしねぇと」
「……ふぅん?」
「時々オカシイんすよ。いつも妙に肝座ってるのに、初撃で俺がぶっ飛ばされた時やけに取り乱したり」
「………名前がねえ。ところでザップ、名前は確か牙狩りに入って3年だったか」
「ああ、確かにそんなような事言ってましたけど」
「僕は彼女が気になっていてね」
「え?」

ぽとり、と煙草の灰が落ちる音が聞こえる程の絶句。
みるみる顔面蒼白になるザップをみてスティーブンは慌てたように「いや、変な意味じゃないぞ?」と訂正し、場を仕切り直すように咳払いをした。

「お前の師匠とも並ぶ実力者、日本支部長の唯一の弟子。そしてエイブラムスさんからの評価も上々。ココでの仕事ぶりも優秀な子だ。だが彼女は3年前まで普通の日本の学生だったんだ。だからこそだ、彼女が何故こんな裏社会へ足を踏み入れたのか不思議でね」
「…何が言いてえんすか」
「以前誘拐事件の囮捜査で名前に盗聴を頼んだが、彼女はその盗聴器を意図的に停止させ、独断でジェレミアに何らかの接触をしていた可能性がある」
「は?ちょ、待ってくださいよアイツがウチで何か企んでるって言うんすか!?」
「まだ確定じゃない。さて、本題だザップ。前置きが長くてすまないね」

スティーブンの瞳がザップをとらえる。
口調こそ穏やかだが、瞳は有無を言わせない冷徹さを孕んでいた。

「名前の行動監視をお前に頼みたい。彼女がHLに来た目的が分からずどんな行動をとるか分からない現状、野放しにしておくわけにはいかないからね」
「は!?何で俺がそんな事…!」
「僕からの正式な"任務"さ」

そう言ったスティーブンの口角が更に上がり笑顔を形作る。優しい笑みだが、得体の知れない凄味にザップの背筋にはゾクリと悪寒が走った。

「可愛い名前の身の潔白を証明したいだろう?」

微笑む姿は、さながら悪魔のようで。「…脅しじゃねえすか」とザップは苦笑いで呟く。
自分だって、彼がいつだって謀略的で腹に一物を抱えている事は分かっていた。分かっていたはずなのに。
頬を伝う冷や汗と、脳裏に浮かぶ彼女の姿に、自分には拒否権が無いことを嫌というほど思い知らされる。
眼の前の上司に対してただ首を縦に振るしか、ザップに選択肢は残されていなかった。
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