セーラー服と秘密結社 | ナノ

幻の異界車両を終え!6/9   

「う…」

レオが目を開けると、彼の視界に大きな目を涙でいっぱいに潤ませたソニックと、無表情な名前が自分を覗き込む姿が映った。

「…ぁ、……!!!」

驚いて声を出しかけた瞬間、レオは自らの手で自らの口を押さえた。慌てて聞き耳を立てるが、敵に気付かれた様子は無い。

「気がついたんだね…よかった…」
「うん。レオこそ無事で良かったよ」
「あれ、手錠は?」
「さっきソニックが外してくれたの…あ」

「そうだ」と呟くと名前はポケットからスマートフォンを取り出した。運が良ければライブラに連絡がとれると踏んだが。

「だめ、繋がらない。」
「えっ」
「…まずは気付かれないように脱出が先決かな」

頼みの綱が駄目になった後も、名前は至って冷静な口調だった。そんな彼女の様子を見て、レオは経緯と状況を説明しながらも名前がいてくれれば何とかなるだろうと怠慢にも近い安心感を感じていた。
運転席側から聞こえる声に名前とレオはそっと聞き耳をたてる。名前にもヤハビオ達の声は聴取できているようだ。

“助かるかもしれない”

先程まで限界まで膨れ上がっていた恐怖と絶望は嘘のようにレオから身を潜めていたが、服の袖が引っ張られる感覚が彼を現実へと引き戻した。

「え」

掴まれている自分の袖は僅かに震えていた。
それは袖を掴む名前の手が震えているためだと理解するまでに数秒を要した。

「捕まる前、動揺して足引っ張っちゃってごめん。」

まるで囁くような小さく掠れた声での謝罪だった。
顔を上げた名前は、唇は震えている。

「……ッ」

レオは息を呑み唇を固く結ぶ。そして、彼女の力に頼ろうとした事を恥じた。
レオの脳内に思い起こされたのは、彼女と―――…ライブラと出会ったあの日の言葉。

"光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北することなど断じて無い"
"立ち止まるな、クソ餓鬼"
"諦めないで下さって、ありがとうございます"

クラウス、ザップ、名前。
彼らが自分にくれた言葉が、あの日まで立っているだけだった自分の背中をどれ程押してくれただろう。
今自分は、彼女と共に前に進むために足掻くことが出来るだろうか。

「名前、大丈夫」

レオナルドは名前の手を強く握った。
その手は恐怖で汗ばみ、彼の表情も固く引きつっている。

「僕ら2人で絶対切り抜けてやろう」


◇◇◇


ザップを治療している医師の報告を受け、ライブラ事務所ではクラウス達が忙しなく出立の準備を進めていた。
クラウス、ギルベルトに続くようにスティーブンは早足で車庫に向かいながら電話片手にチェインと通話を続けている。クラウスと共に後部座席に乗り込むと、間もなくギルベルトも運転席に座り車内がエンジンにより振動し始めた。

「つまりだ。ザップは今自分の体内から血液を紐状に延ばしてその不可知の異界車両を追跡している。おそらく初撃を喰らった際自分に触れた武器に先端を付着させたのだ。その血糸を断裂させずに空中を漂わせ移動に合わせて伸長させてゆく」
『…そんな事が出来るんですか?』 
「自分で推論しておいて何だがにわかには信じられん。はっきり言って神業だ」

エレベーター式の地下ガレージに格納されている車体は、出立へ向けて地上目掛けてみるみると上昇していく。

「いつもはああだが、ぶっちゃけ奴は天才なんだよ。恐らくあまりの集中力に車両が移動し続ける限り他の事は出来まい。だが相手もいつかは止まる。神々の義眼保有者のお手並み拝見と行こうじゃないか」


◇◇◇


「視界の共有?」
「まだちょっと上手くコントロール出来るか分かんないけど…僕と同じ視界なら、もし幻術を使われても名前にも視認できる。試しにやってみるね」

瞼を開くき精緻な幾何学模様が顕になると、名前の眼前にも同じような紋様が現れた。レオの目の前にいるのは踊るソニック。名前はレオが見る先とは全く反対方向を見ていたが、自分の視界には鮮明にソニックが映っている。

「ソニックが見えてる…!」
「よし!…!?」

ようやく見えた勝機への光は、そう長く輝かなった。
慌ただしい足音が響き、奴等がこちらへやって来る事を察知したレオと名前は、目配せをする。名前はパック詰めされた人体の間にそっと隠れ息を潜めた。入れ違いで息を荒くしたヤハビオがレオに詰め寄る。

「…テメエこの餓鬼一体何をしやがった!!…そうだ!!その猿だ!!お前だな!?その猿の画を見せたのは!?」

どうやら使い慣れない視界共有の範囲は名前だけでなく彼等にまで及んでしまったらしい。しかし幸いにも視界共有による困惑と激昂で名前の手錠が外れ姿が見えない事にはまだ気付いていない。

「ナメた真似しやがって…、…!?」

ヤハビオはソニックを指差しながら声を荒らげ、そのままレオの首に掴みかかろうとした。しかし神々の義眼により向上した動体視力で、レオはその手を紙一重で避ける。無抵抗で見るからに戦闘向きではない一般的な人類の想定外の行動に、ヤハビオは驚き―…そして致命的にもその時名前の姿が無い事に気が付いた。立て続けに起きたイレギュラーによって彼の動きに一瞬の隙が生まれたのを、名前は見逃さない。
すかさず指先から血液を噴出させ瞬時に斧を形成させる。ヤハビオがその気配に反応するよりも早く、名前はレオより前に飛び出し彼にその赤い刀身を振り下ろした。

「チッ、血法使い…!」

ヤハビオも間一髪自身の得物を構え、互いの刃がぶつかり合う金属音が車中に響き渡る。
拮抗し退かぬ押し合い、ほぼ同時にお互いに間合いを取り武器を構え直す。次手を繰り出すタイミングを名前が窺っていると、背後から不気味な気配が忍び寄る。名前がそれに気付き振り向いた時には既にレオがもう一人の異界人、シボロバに締め上げられていた。

「キョシシシシ。やはり興味深い…自分の視界を他者へ強制させるのかい?だから彼女にも僕らが視える…ますます欲しいねェェ」

レオの首にシボロバの鋭利な爪が食い込み、一筋の血が流れる。
もう一方の手はレオの瞼をこじ開け神々の義眼を今にも抉り出そうとしていた。

「レオ!!…っ!」
「…もういい。めんどクセェやお前ら。小僧は眼ん玉、お前は血と身体だけ残して消えろ」

レオを人質にとられて生まれた名前の隙を逃さず狙ってきたヤハビオの刃を、名前も即座に反応し受け止める。2人の攻防は止まらない。普段の名前であればヤハビオに後れを取ることは、まずない。しかしレオを人質に取られている今、彼女の集中力は確かに乱れておりそれはレオにも明らかに察することが出来た。

「名前、僕には構わないで…こっちは何とかする…!ぐ…あっ…!が!」
「よく回る口だね」

首に回ったシボロバの手に力が籠る。瞼をこじ開ける指も一層深く眼窩目掛けて食い込む。思うように酸素を供給できない苦しみと増す痛みの中、レオが顔に浮かべたのは恐怖や苦痛ではなく、温厚な彼からは想像もつかない不敵な笑みだった。

「調子に乗るなよ、平眼球ども」
「…あ?」

その言葉に煽られたシボロバの腕に増々力が籠った。しかしレオが発したその言葉は死に際の捨て台詞でも、安い挑発でも無い、純然たる事実。

「名前、ごめん。ちょっと巻き込む」
「…分かった」

返事をすると名前はヤハビオの刀を受けていた血法を瞬時に解除、膝を折って体勢を低くする。ヤハビオが攻撃の行き場を無くし体勢が僅かに崩れた次の瞬間、輪をかけるように足払いをかけ転倒させた。そして彼が立ち上がるよりも先に血法により楔を錬成し、すかさずその手足に向かって繰り出す。

「ぐッ…!?」
「ヤハビオ!!お前たち…、…!?」

楔がヤハビオの上肢を貫通し彼の動きを止めたと同時にレオの義眼が蒼く光り輝いた。
眼球の王は車内全員と彼らを載せた車両型異界生物の視界を乗っ取り、縦横無尽に視界をかき乱し蹂躪する。
それは名前やソニックにも例外ではなく視界の混乱による凄まじい眩暈と不快感、吐き気が容赦なく襲いかかる。どうにか意識を保とうと耐える中、名前の視界に一瞬、シボロバの手から開放されたレオが映し出された。
視界のシャッフルでコントロールを失った車両は道路に勢いよく横転し火花が散る。ほぼ同時に破損により零れ出た燃料へと引火し炎が立ち昇った。火は一瞬にして車両内部にまで及び、名前とレオも爆炎に包まれた。


◇◇◇


セント・アラニアド病院、救急外来。チェインは存在を希釈し、息を潜めてザップの容態を観察していた。彼の周りでは医療スタッフ達が慌ただしく処置に取り組んでいる。閉眼したままの彼は自ら動く様子はなく、されるがままの状態だ。

「先生、採血結果です!」
「横ばいか…RBC6単位追加!意識レベルは…」

チェインは深く息を吐き、先刻のスティーブンの言葉を反芻する。

"――彼が起き上がって糸に火をつけたらチェイン
、君の番だ。何が何でも後を追え。我々は君のGPS信号に向かって最短距離を突っ切る。気合いを入れろ。たとえそこがどんな異界の中心であろうと必ず辿り着くぞ"

これから自分達の一挙手一投足の行動が名前とレオの命運を分ける。彼が賭けたか細い手がかりを何があってもクラウス達に繋げなければならない。

「……いつでも行けるわ、猿」

チェインがぽつりと声をかけたと同時にザップが開眼し点滴の管が繋がれた右腕を高く掲げた。その手中には彼のジッポライターが握られている。
自分の指を目を皿にして見つめるチェインに向かって、彼ザップは脂汗を垂らしながら口角を吊り上げ、声高に合図を叫んだ。

「しくじるなよ、犬女!!」

ジッポライターのケースが開かれ、フリントホイールが回転し、炎が灯る。その炎が血糸に引火したのとほぼ同時にチェインは床を蹴った。凄まじい速度で炎は血糸を手繰るように燃えてゆく。存在を希釈した彼女に障害物や建造物は有って無いのと同じこと。血糸を迸る火花は、異界方向を目掛けて燃え盛り、チェインはそれを見失わぬようトップスピードを保ったまま追随する。
彼女のGPS信号を追い、白い車体は猛スピードでヘルサレムズ・ロットを駆ける、駆ける。
駆け抜けたその先、霧深い道路で横転し燃え盛る一台の車両。そこに待ち構えるは3人の異界人と威嚇する四足歩行の異界生物。クラウスとスティーブンは車から身を乗り出した。

「ブチかませ!!クラウス…!!」

ルーフに佇むスティーブンの足元から氷の道筋が伸び、前方の車体の炎は凍り付く。
車体と彼の氷を足場に飛んだクラウスは拳を構えた。その形相はまさに鬼神。手負いのヤハビオ達も即座に身構えるが、錬成された巨大な禍々しい十字架は一切の慈悲なく車体目掛けて打ち出される。

「ブレングリード流血闘術 111式 殲滅槍」

十字架はヤハビオ達諸共車両を貫通し打ち砕き、更に爆煙を舞い上がらせた。
続いてスティーブンとギルベルトとチェインが駆けつけ、再び燃え上がる車両の残骸から捕らわれていたレオと名前を探すが、その姿は見当たらない。
まさかクラウスの技の巻き添えになったのか、と4人の胸に一抹の不安が過ぎったのも束の間。
霧の中から2つの影が揺らめき動く。段々と近付いてくるその影は、レオナルドと名前だった。
足取りは覚束ないが、2人は互いに肩を貸し合ってこちらへ確実に歩んでいる。

「レオナルド!名前!」

名を呼び駆け寄ると、煤まみれの2人がゆっくりと顔を上げた。

◇◇◇


横転し炎上した車を内から叩き壊し、レオと名前とソニックは自力で脱出した。這いずるように外へ出ると、肌に冷たいアスファルトが当たる。

「レオ、大丈夫?」
「大丈夫……!!ゲホッ」
「キキッ」

名前の血法により迫りくる炎はある程度ガードしたが、軽い熱傷は避けられなかった。更にレオは打撲による全身の痛みと擦過傷、名前は外傷こそ軽いが視界シャッフルによる三半規管へのダメージで未だに眩暈と嘔気が後を引いており、お互いに今は歩行すらままならず一人では立ち上がるので精一杯だ。
周囲を見ても異界人達の姿は見当たらない。逃げたのかまだ車両に残っているのか。

「名前、歩ける…?ごめん…」
「…ううん、悪いのは私だよ」

自己を責める名前に、レオには妙に引っ掛かった。ボロボロのレオに向かって「守れなくてごめん」と囁くように名前が口にしたその矢先、背後で車体が二度目の爆発を起こした。
一刻も早くここから立ち去らねばとどちらからともなく肩を貸す。巻き上がる熱風に背を押され、何とか炎から遠ざかろうと2人は霧の中を歩く。
急ぐ2人の名前をよく知る声が呼び、身体にふと影が落ちた。見上げた影の持ち主はやはりクラウスで申し訳無さと安堵が入り混じり狼狽える姿でこちらを見下ろしている。その表情は頑健な身体にはおよそ似つかわしくなかったが、2人は思わず表情を緩ませた。

「クラウスさん…」
「2人共無事で良かった…!すぐに病院へ…、……!!」
「…!レオ…」

助けに来てくれたのだと理解した途端張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、レオはスイッチが切れたように気を失う。レオを支えようとしてバランスを崩した名前は、彼諸共クラウスの胸に倒れ込んでしまった。
2人寄りかかってもビクとも揺らがないクラウスから離れようとすると、その前に大きな手が名前とレオの肩を優しく包んだ。

「2人共、本当によく頑張ってくれた」

クラウスからの心の底からの労いの言葉に名前はそっと顔を伏せる。クラウスの向こう側でスティーブン達の声も聞こえる。肩から伝わる優しい温もりとは裏腹に、胸の内で膨らみ続ける不甲斐なさを押し殺すように、名前はそっと拳を握りしめた。
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