セーラー服と秘密結社 | ナノ

幻の幽霊車両を追え!4/9   

霧烟る道路を走り抜ける一台の車両。外観はありふれた白いワゴン車。
その進行方向は、異界。
車中、異界人の腕からレオは床に投げ出され尻もちをついた。同じく荒っぽく降ろされた名前は、まだ気を失っている。異界人は名前の近くに膝をついて手錠を取り出すと#彼女の手首に取り付けた。冷え切った車内は一人ひとりパックに包まれた人々が並んでいる。
恐怖しかない空間でレオは震えながら尋ねた。

「お前ら…何者だ!?一体何をしてるんだ、その人達は生きてるのか!?何故彼女まで拐う必要があった…!?」

所々声がひっくり返りそうになりながら尋ねると、先程レオ達を襲撃した単眼の異界人は拍子抜けた風に言った。

「声震えてんじゃん。どこからどこまで普通の餓鬼だ。…まあ…どうせ眼以外の所は要は無ェ。捨てちまう前に教えてやるよ。こいつぁ食い物だ、真空パック。」

罪悪感など微塵も感じさせない返答に、レオは耳を疑う。
皆一様に輸液ボトルと共にパックに包まれ、彼らの胸部はゆっくりと僅かではあるが動いている。
彼らはまだ、生きている。
異界人の言葉の通り彼らが食用ならば、恐らく鮮度を保つ為に異界側の何らかの技術で生かされているに違いない。
しかし、ならず者が集う此処HLにおいても食人は法的に禁忌とされている。

「バカな…!!クライスラー・ガラドナ合意で食人は禁止されてるはず…!!」

レオがHLに住まう者なら誰でも知る汎論を申し立てると、異界人は「は?」と声を漏らした。空洞の単眼は呆れたような表情にも窺える。

「…血の巡りの悪い餓鬼だな。だからじゃねえか、俺らがこうやって苦労させられてんのは。…ま、食用以外にもアッチじゃ色々大口の注文があるんだよ。実験とかな」
「な…!?」

異界人から告げられた衝撃の事実に、レオは途方も無いおぞましさを覚えた。この街では、この異界人にとっては、人間達の命と肉体は金儲けの道具。政治家や国が結んだ条約や締結なんて実際問題只の建前でしかない。
行き場の無いやるせなさを感じながらも、レオは言葉も出なかった。

「それと、かつての”お仲間”がこの女に余計な事吹き込んでたんでな。そいつはもう消して、女の方を探してたんだ…だが、血法使いとは聞いてなかったぜ。得意先に"血法使い"の調達を頼まれてたからな、一石二鳥だ」

そう言うと、異界人は倒れる名前を見下ろす。彼女は未だ僅かにも動かない。状況は絶望的だ。
異界人の手には刀の柄が握られている。いつその刃が姿を見せるか、レオが恐る恐る様子を伺っていると、天井から突如にゅるんともう一人の異界人が現れた。

「うわ!?」
「どうしたの?ケンカはだめよ。キョシシシシ。」

女性的な言葉遣いで不気味に笑う異界人はボコボコと凹凸だらけの顔面に数え切れない程の空洞がある。
ボロボロの頭巾のような、ローブのような布切れを被るその姿はまるで世間一般でいう幽霊のようだった。

「ヤハビオったら、冥土の土産にしてはちょっと喋りすぎじゃないの?」
「シボロバの幻術見破ったこの眼以外はどうせ普通の餓鬼だ。別に喋った所で問題は無えよ」

悪びれる素振りなど全く見せず世間話を始めた彼らを、レオは気丈に睨みつけ声を張り上げる。

「お前ら…絶対にこのままじゃ…」

レオの言葉は、シボロバと呼ばれた異界人に思い切り後頭部と顔面を掴まれた事で遮られた。
細長く骨張った指がまとわりつくようにレオの顔面を這う。

「このままじゃ済まない?――――どうやってェ?この街で僕の幻術を見破ってるのは君だけなんだよ」

瞼を丁寧になぞられ、レオの背筋に悪寒が走り抜けた。先程とは打って変わって剥き出しに示された殺意と純然たる好奇心に、レオの頬には冷や汗が伝う。

「頼みの綱の「血法使い」は意識が無い。泣こうが喚こうがこの閉鎖された空間からは何も漏れ出ない。なんなら、腑分けられてる間中全力で叫び続けてみてよ。アタシにはその方が面白い」

レオの指先がカタリと音を立てた。やがてその音は連続的になり、車内へ響く。震えているのだ。
レオの心を絶望が蝕み―――煽られた恐怖心は留まるところを知らず肥大してゆく。
うっとりと、ゆっくりと手つきで仕草で異界人の指がレオの瞼をこじ開けた。蒼く澄み、それでいて難解緻密な技巧が施された神々の義眼にシボロバは感嘆の溜息を漏らした。

「ああしかしなんて精緻な眼球なの」

レオの涙腺から涙が滲み出る。むりやり目をこじ開けられているせいか、その涙は鼻涙菅へは流れ込まずレオの頬を濡らした。

「待ちきれないわン、早く仕事を終わらせて研究に没頭したいィィ」

直後、シボロバの高笑いでレオの恐怖心は頂点に達し、彼は絶叫して、気を失った。シボロバは手を放すとすっかり臥してしまった少年を見下ろし、鼻で笑う。

「ヤハビオの言う通りね。肝震えっぱなしの餓鬼じゃない」

2人の声と足音は段々と遠ざかってゆく。
そして、ガシャンと荷台と運転席を仕切る牢がかけられた瞬間、黒衣の少女の指先が僅かに動いた。



◇◇◇


「何だって!?ザップしか居ない!?」

チェインからの報告に、スティーブンは思わず叫ぶ。

『はい。セント・アラニアド中央病院に来てます。現場に倒れていたのは猿だけの模様。周囲はそれなりの人通りでパワード公僕も居ましたが、誰もレオと名前の存在は認知していません』
「―――分かった。ありがとう、チェイン」

一度通話が切れ、スティーブンは肩を落とし頭をに手をやった。彼の中で出来れば起きて欲しく無かった事態が、順調に進行しつつある。

「最大の懸念が早くも現実になったかぁ…ちょっと…やばいんじゃない?クラウス――――…」

スティーブンの視線の先には、修羅。もとい、クラウス。
小動物であればショック死か気絶、彼を普段からよく見ているライブラのメンバーでも怯えて一目散に逃げ出すであろう形相であり、彼をよく知る副官スティーブンでさえもクラウスが鬼のような形相になる時は肝を冷やされる程だ。
しかし彼がこのような顔をする理由は一つである。
形相の如く、憤怒に駆られているわけではない。ただただ、自分の中で葛藤し、考えに考え抜こうとしてのたうち回っているからである。何が来ても倒れずに受けとめてしまいそうな巨躯をしながら、ノミの心臓のように気が小さなリーダーの姿を見て、スティーブンは思わず口角を上げた。

「こりゃあ、大丈夫だな」
「?」
「あ、いやいや。えーとこっちの話」

クラウスを誤魔化すと、スティーブンの思考にとある疑問が浮かび上がった。
敵の幻術を見破っているのは神々の義眼を持つレオナルドただ1人。イコール、敵にとってレオナルドは目障り且つ格好の研究材料。拐う理由として妥当だろう。
しかし、敵は何故名前まで拐う必要があったのか。ザップと同様彼女には敵を視認出来ていない筈だ。ならば、現場に置去りにしようと特に何の問題も発生しない。

「…スティーブン」

丁度、クラウスも同じ事を考えていたようだ。スティーブンは彼と視線を合わせると深く頷いた。

「ああ。今朝のニュース、ジェレミア・ベラトリーニは証拠隠滅の為にかつて協力していた人身売買組織に消されたって所だろう。そして次に矛先が向くとすれば、警察より先ずはジェレミアと接触していた者だろう。名前達を攫った奴等と同一犯、もしくは関連組織だとしたら…幻術を見破った少年だけでなく名前まで攫った理由にも納得がいく」

その時、スティーブンのポケットの中で再び携帯電話が揺れた。

「ウィ、スティーブン」
『チェインです、今猿の病室です担当医に代わります』

何やら彼女は切羽詰まった様子だ。すぐに声はドクターであろう男のそれに切り替わる。医師の口調はまるで狐か狸に化かされた様な物言いだった。

『アンタ責任者?おっかしいんだよこの患者』
「…??はあ…」
『ナース達が気味悪がっちゃってさぁ。こういう体質なの?何か聞いてない?』
「…彼に何が起きているのですか?」
『いやね、止血も縫合も終わって命に別状は無いんだけれど。輸血する側からどっかいっちゃうんだよ。血が。』

ドクターの言葉を聞いた瞬間。
スティーブンは脳裏に浮かび上がった推論に勝機を見出し、微笑んだ。

「――でかしたぞ、――ザップ!!」
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