セーラー服と秘密結社 | ナノ

幻の幽霊車両を追え!3/9   

「クソが…!」

腹には攻撃による痛みが確かにある。しかし斬撃はおろか敵の姿すら確認出来なかったザップに対抗する術はなかった。バイクから叩き出され地面へ落下しながらもザップは名前に迫る後方車両のフロントガラスを認識した。
いくら名前と言えど、この状況でガラス板に叩きつけられれば無傷では済まない。

「…名前!!」

徐々に強まる疼痛を堪え、ザップは渾身の力で名前の腕を引っ掴み胸に抱き寄せると、彼女を庇うために自らの背をアスファルトに向けて落下した。
地面に叩きつけられる鈍い音と同時に、ザップの身体を介して名前の身体にも落下の衝撃が伝わる。その拍子に、名前はザップの腕から解放され道路を転がった。
傷の無い名前を見てザップが安堵したのも束の間、腹部を引き裂かれた痛みは強さを増して躊躇なく彼に襲いかかる。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ…!!」
「ザップさん…!」

名前はすぐに起き上がり、彼の下へ駆け寄った。顔を歪め、唸りながらのたうち回るザップ。流石に周囲の車達も何事かと次々にブレーキペダルを踏む。
続けて何とか軽傷で済んだレオも、ザップの下へ駆けつける。地面に膝をつくと、ジワリと濡れた感触から彼の血液がズボンに付着したと分かった。
辺りは騒然とし、心配と怖いもの見たさの両方で車から降りてくる者も大勢いる。

「ザップさん、しっかり!!」

レオが呼びかけても彼は激痛から固く目を瞑るばかりで、腹部の出血が止まる兆候も無い。
ザップから流れ出す血液はレオのズボンに留まらず周囲のアスファルトを少しずつ赤黒く侵食してゆく。
そんな状況の中で、レオはある一つの疑問を感じ始めていた。
普段、そして戦闘時も冷静沈着極まりない名前が、身体を震わせ血の気の引いた顔で言葉を失っている。確かに不測の事態には違いない。だがこんな場面を自分よりも遥かに経験し乗り越えて来たであろう彼女が、何故こんなにも狼狽えているのか。
レオには、ザップを見つめる彼女の漆黒の瞳がまるでザップを映していないかのように見えた。



名前は蒼白な顔で震えながらザップのジャケットを握りしめていた。
今の彼女の思考を占めるのは、目の前のザップの姿とリンクするあの日の光景。名前の腕の中、服を血で染めた女性の姿。

「ザップさん……!」

無意識に、名前の眼に涙が溜まってゆく。
上手く働かない思考回路をフル回転させ、名前が震える指で指腹を切り裂いて固形化させた自らの血液で止血を行おうと試みた、その時。

レオの眼にのみはっきりと映った。
あの単眼の異界人が名前の背後に忍び寄り、彼女が血液を操作する様子を観察した後、刀の柄で名前の下顎に躊躇なく一撃を喰らわせたのを。
しかし、見えていたとしても非力なレオに対抗する術はない。

「…!!」

突然の攻撃に名前が声もあげずに、アスファルトに倒れる。

「名前!!!」
「…おいシボロバ。聞いてんのか?…ああ、間違いねえジェレミアんとこにいた女だ。しかもこの女"血法使い"だ」

異界人は電話をしているらしかった。その右手にはしっかりと刀が握られている。
必死の3人同時に助かる方法の模索は、突如レオの方向を向いた単眼の異界人に見下ろされ止まってしまう。

「了解。殺さずに研究しよう。」

そう言い終わるか終わらない所で、異界人は両脇にレオと名前を抱え道を逆走し始めた。
レオは必死に振りほどこうとするが、屈曲な異界人の腕はびくともしない。自分にはこんなに鮮明に異界人の姿が見え声を上げているのに、幻術の影響なのか往来の人々は誰一人としてこちらを気にも留めない。
反対の腕では力無く気を失う名前が抱えられている。
年下の女の子一人守れない、助けてやれない己の非力さにレオは涙を滲ませた。



「―――おい!!どうした大丈夫か!?」

ポリスーツの呼びかけに、ザップはうっすらと瞼を開いた。霞む視界の中を必死で探すが、さっきまでいた筈のレオと名前の姿がない。大方レオが訴えていたあの偽装トラックの連中の仕業だろうとザップは予測した。

「うう……くそ…」

腹部の傷はじくじくと痛み、脈打っている。出血の量からして恐らく動脈まで傷が及んでいるのだろう。
血法を駆使し自力で傷を塞ぐことも不可能ではなかったが、これだけ負傷しており且つザップには敵を視認できないとなると如何せん分が悪い。
そこでザップは瞬間の判断で自らの血液で、レオと名前に一か八かの賭けを施した。

「…頼んだぜ…犬女…手は打ったが…上手く行くかどうか保証はねえ…」

体内からはどんどん血が失われ、意識は朦朧としてきた。ざわめきが遠くに聞こえ始める。

「…てめえの…その鼻が頼りだ…」

ザップはそう言うと、目を閉じて意識を失った。通話状態を続けるザップのスマートフォンだけが、彼のポケットの中で作動し続けていた。


◇◇◇


霧が立ち込める道路にそびえる1本の信号機。
その天辺に立ち道路を見下ろすのは、不可視の人狼チェイン・皇。
スマートフォン越しに聞こえた一連の様子からザップと名前とレオの3人に何か起きた事を理解した彼女は、直前まで受信していたレオ達のGPS信号と周辺の道路状況から2tハーフのトラックが通るであろう位置を逆算し、待ち伏せをしていた。
眼下を何十、何百、という車がスピードを緩めずに眼下を通り過ぎていく。
その1台1台をつぶさに観察していたが、あろうことかザップの言っていた2tハーフのトラックどころか、自負していた己の視覚と嗅覚で確かに捉えていた名前とレオさえも途中で途切れたのだ。

「……………しまった…!!見逃したわ…!!」

チェインは目を見開き、落胆し頭を抱えた。痛恨のミスだ。ザップにしつこい程責任を追従されるのなんて些末なこと。
もし名前と、あの人の良さそうな新人りレオナルドに何か起きてしまったら。自身の不甲斐なさと後輩2人の身を案じて溢れそうな涙を堪えながら、チェインは上司の電話番号へ発信ボタンを押した。


◇◇◇


ライブラのオフィス。
そこではチェインからの涙声の電話にスティーブンがしどろもどろになって対応していた。

「―――了解。ああ。ああ。…分かった。気にするな、どうやら相手が悪い、いわば「世界を書き換える」に等しい術力保有者だ。だから、なんと言うかその…。…泣くな!!」

普段は言葉を巧みに操り人心掌握に長けている彼だが、上手く言葉が見つからなかったようだ。
電話のやり取りを聞いていたクラウスとギルベルトの眼差しが鋭いそれへと変化する。

「――――――…途中で「車種」を変えられましたか。」
「不可視の人狼さえも欺く幻術。レオの「眼」はそれすらも見破ったわけだ。」

先刻まで俄には信じ難かったが、今起きている事実と現状に、スティーブンは降参とでも言いたげに溜息を吐いた。

「了解了解、認めよう。…こいつは全く大変なものだぞ。敵にも…味方にもな。」
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