恋から始まる憧憬
彼女と会った翌日、クロロは、イルミに呼び出された。待ち合わせ場所は、ゾルディック家本邸にある、彼の私室である。

「ねぇ、クロロ。一つ、頼まれて欲しいんだけど」

彼らが会う時は、大抵、どちらかがどちらかに何かを依頼するものであった。
故に、開口一番に、挨拶ではないフレーズが飛び出す事は何ら不思議のない事である。

それにしても、頼み方まで一緒とは。そんな彼らを、クロロは心中で笑った。

何だ、と聞くと、イルミは、ああそうだ、と声を発した。違う話題を思い出したらしい。


「あいつは元気?」

あいつ、と言うのは、イルミの従姉妹の事である。
彼ら共通の友人で、イルミが気にかける存在は彼女くらいしかいない。

「昨日、茶をした時は元気だったぞ。新しい就職先も決まったそうだ」

「そう。それはよかった」

「気にかけてるんだな」

「まぁ、一応は身内だからね。それに、妹みたいなもんだから」

そう、彼女は幼少期から、親の目を盗んでよく本家に遊びに来ていたのである。

分家の人間、特に彼女の親は本家の人間を毛嫌いして居た。
しかし、本家は彼女を歓迎していた。
本家には元来気のいい人ばかりが居たという事もあるが、本家に娘が生まれなかった事も理由の一つであろう。執事たちも含め、彼女を嫌っている人間は本家には一人も居ない。寧ろ、彼女も家族の一員として扱っていたのである。

しかし、本当の家族は彼女をそうは扱わなかった。家族は、家の利益にならないからと言って、構成員を追い出したりはしないはずである。しかし、それが実現してしまった。分家のコンプレックスが、家族関係を破壊してしまったのである。

コンプレックス発生の原因の一つである彼は、後ろめたさを感じていた。

「叔父さんが俺らを疎ましく思ってるのは知ってたけど、まさか念を覚えなかったからって実の娘を追い出すとは思ってなかったから」

「格式高い家柄ってのも大変なんだな」

「変な格式だけどね」

表情は変えぬまま、彼はため息をついた。



「世間話はこれくらいにしよう。依頼はなんだ?」

「世間話でもないんだけどね」

その発言で、クロロはあらから察しがついた。

「あいつに関わる依頼なのか?」

「うん」

しかし、クロロは依頼の内容に全く推測を立てられずにいた。クロロは、ただ彼の言葉を待っていた。


「あのさ、念能力を持ってない人間って、普通の人間のように暮らすのが幸せらしいんだ」

「まぁ、そうだろうな」

「だから、あいつを、普通の人間にしてやってくれる?」

「随分と難題だな」

抽象的な依頼に、クロロは苦笑した。

「君なら簡単でしょ?」

そう問うとクロロは、まぁな、と悪賢く笑った。

「ゾルディック家の彼女は殺された、と世に認識させればいいだけだからな」

「そうそう。その方向で宜しく」


平生のように平板な口調で彼は言うが、その内容は常とは明らかに異質のものであった。

「受けるのは構わないが、俺はどうにも気になるな。どうして、そこまで彼女を気にかける?」

「さぁ。僕にもよく分からないんだよね。やっぱり身内だからじゃない?」

「よく分からないのに頼むのか」

「理由は分からなくたって、自分が欲してるんだから、それに従うまでだよ」

「そうか」

彼は多分、彼女を気にかけている。それが家族愛なのか、恋慕なのかは分からない。
しかしクロロは、そこには意図的に触れなかった。
その点を避けて、彼は話を進めた。


「残念だが、あいつはそんな事を望んでいないらしい」

イルミの瞳が少し揺れた。

「何でそう言い切れるの?」

「あいつの就職先を見れば分かる。探偵会社、軍車製造会社、そして今度は銃器製造会社と来た」

「普通の会社ではないね」

「だろう?何でこんな会社ばかりかを聞いてみれば、将来、活用するためだと」

活用する場は、勿論自分の家でだろう。

「それに、あいつは、念を取得しようとしていた。普通の人間には要らない念をな」

「あれだけ、あいつには才能がないって言ったのに」

冷淡な口調でそう言ったが、クロロは彼の小さな動揺を感じ取っていた。

「あいつは、家族の一員になりたがっているんだ。暗殺一家ゾルディック家の、な」

「バカだなぁ」

彼は呆れかえった。

「バカだろ?」

「身内の中でもバカさ加減が秀逸なんだよね」

「ずいぶんとキツい物言いだな」

「事実だよ。だから、放っておけないんだ」

クロロは言葉を発する事が出来なかった。
彼はきっと、無自覚に彼女を愛している。その事実に気づいてしまったからである。

「まぁ確かに、暗殺者としての素質はあると思うよ。分家の中では頭一つ抜けてたし」

「だからこそ、あいつの父親も15才まで育てて来たんだろうな。でも結局、念が使えるようにはならず、家を追い出された訳だ」

彼女の親の心境も分かる。しかし、クロロは何処か腑に落ちずでいた。
贔屓目抜きに、彼女は暗殺者として働く事のできる力量がある。何故、彼女の親は念に拘ったのであろうか?

「キルだって、念がなくても立派に暗殺業やってたのに」

「お前の弟は特別だろう」

「まぁね。キルは天才だから」

「ああそうだ、お前に一つ報告がある」

「なに?」

さほど興味のなさそうな様子で、彼は返した。

「あいつは、念を覚えたぞ」

彼のオーラが一瞬だけ、大きく揺れた。

「まさか、無理矢理起こしたの?」

しかし、口調は平生のままであった。

「そのまさかだ」

「勝手な事しないでよ」

不服そうにそう言う彼に、クロロは苦笑いを浮かべて答えた。

「それはあいつに言ってくれ。俺は依頼を受けて遂行しただけだ」

そういうと、彼は渋々納得をしたようだ。

「系統は?」

「さぁな」

「調べなかったの?」

「18時間オーラを放出し続けてたからな、オーラを溜められるようになった直後からずっと寝ている」

「死んでないよね?」

「脈はあった」

「ならいいや」

「で、依頼は履行不可能となった訳だ。お前はどうする?」

「それは、あっちの家に任せるよ」

それは、平生よりも冷たい物言いであった。

「そうか。なら、俺はあいつの様子を見てくるとしよう」

クロロがソファーから立ち上がると、彼もそれに伴って立ち上がった。

「俺も行くよ。暇だし」

そう言って、彼は出かける支度を始めた。

「全く、素直じゃないな」

何の話?と惚ける彼を、クロロは笑った。

そうして彼らは、闇に消えた。

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〜9/19までの拍手お礼。


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