私は、暗殺一家として有名なゾルディック家の分家の一員である。
家主である私の父は、かの有名な暗殺者、シルバ=ゾルディックの弟である。
つまり、私は有名な暗殺者の姪にあたる。
そういう訳で、私の家も同じゾルディックの名を持っており、同じように暗殺を行っている。本家ほどではないが、一流と呼ばれる程度の腕はある。
しかし、娘である私自身は、何も持ってはいなかった。持とうと模索を続けてはいるが、何も見つからない。そんな日々を過ごしていた。
午後三時になる少し前、彼女は待ち合わせ場所であるカフェへとたどり着いた。
カフェの扉を開くと、直ぐに待ち合わせ相手が目に入ってきた。
どうやら、彼の方が先に着いてしまっていたらしい。
彼女は、案内をしようと彼女の元へと寄ってきた店員に、知り合いと同席する旨を伝えた。
そして、彼女は席へと急いだ。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、今来たところだ」
彼はそう言ったが、机には、コーヒーが置かれていた。少なくとも、コーヒーを頼み、それが到着するまでの時間は彼を待たせていたことの証明である。
申し訳なさでいっぱいになっていると、彼は続けて口を開いた。
「それにしても、よくこの席だと分かったな」
「目立ちますから、クロロさんは」
「それは困ったな。お忍びで来てるんだが」
彼の名はクロロ=ルシルフルと言う。かの有名な幻影旅団の団長であり、立派な犯罪者である。お忍びで来ている、と言うのにふさわしい身分である。
彼女の従兄弟にあたるイルミを介して、二人は知り合った。
家柄は異端だが今は一般人である彼女と、犯罪者である彼。共通の趣味がある訳でもないが、やけに馬が合う。故に、たまにこうして茶を共にしているのであった。
彼女は席につくと、直ぐに店員を呼び、紅茶とミルクを頼んだ。
その後で、メニューのデザートのコーナーを眺めている。
「イルミとは会ってるのか?」
その問いかけを受け、彼女はメニューから彼へと視線を移した。
「いえ、最近は忙しいみたいで」
そうか、と相槌を打った後で、彼は聞きたかった話題の一つを思い出した。
「そういえば、職は見つかったのか?」
「はい。今度は大型銃を中心に作っている会社に決まりました」
「そうか。なら、今日は転職祝いだ。奢ろう」
「いえ、そんなの悪いです!」
いいから、と彼女の抗議を抑え込んだ。すると彼女は、すみません、と困ったように笑った。
そんな話題の切れ間に、彼女の頼んだ紅茶が到着した。
ティーポットとティーカップの傍らに、角砂糖の入ったガラス瓶とミルクが添えられていた。
「それにしても、不思議なものだな。俺は犯罪者、お前はあの家の娘。なのに、誰にも命を狙われず、こうして茶を楽しんでいるとは」
「確かにそうですね。私なんて、何回も狙われてるせいでよく転職してるのに、今日は全く気配がありません」
彼女は現在、ゾルディック家から離れている。
しかし、それで彼女が一般人になれたという訳ではない。ゾルディック家の血を持つ事には変わりがないからである。
彼女を抱え込むことで、利益を得ようとする者は数多くいる。
彼女は常に、危機と戦っているのだ。
そんな考察をしていた時、彼は二つ目の話題を思い出した。どちらかと言えば、こちらの方が重要度の高いものであった。
「念は、どうだ?」
「うーん、まだ駄目ですね」
念能力は、先天的な才能があって得られるものであると、世では解されている。
事実、それは証明されている。彼女は訓練をしてきたが、20才になった今でも会得出来ずにいた。
「そうか」
「私には不向きみたいですけど、諦められないんですよね。何においても、そう。一つにこだわり続けるなんて、何だか阿呆らしい話ですよね」
「そうは思わない。諦めるのも勇気がいると言う奴も居る。だが、それは詭弁だ。諦めるという行為自体が、物を続ける勇気を放棄するものだろうに」
その言葉に、彼女は表情を明るくした。
「クロロさんって、人をやる気にさせる才能もあるんですね」
冗談混じりにそういうと、彼もそれに乗じた。
「それは光栄だな」
彼女に褒められる事は、冗談であっても喜ばしく感じられた。
「俺も、お前のように、すべてを可能にしようとする人間だからな」
「クロロさんは、すべてが可能なんです。私は、可能でないものも欲している。全く違う種類の人間ですよ」
「仮にそれが真実だとするならば、お前は俺と同種になればいいことだろう」
「私は、クロロさんのようにはなれませんよ」
「そこは、諦めるんだな」
彼女は返事の代わりに笑みを返した。
なれないから、私は貴方に惹かれるんですよ。
彼女は、本心を紅茶の中へと落とした。
「所で、クロロさん。一つ頼まれて欲しいんですが」
「高くつくぞ?」
彼は、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「法外な値段でなければ、頑張ります」
「法外の存在にそれを求めるのか」
「それは、確かに」
「まぁ、冗談だ。やれる事なら協力しよう」
「ありがとうございます」
紅茶を一口飲んだ後で、彼女は依頼内容を口にした。
「精孔を、開いて欲しいんです」
それは、念を会得するための、最終手段であった。
「お前にオーラを送りこめ、ということだな」
「はい」
「一度放出を始めたオーラは、自分にしか止める事しか出来ない。失敗をすれば、死もあり得るぞ」
「それでも、構いません」
彼女の決意は堅かった。
「どうして、そうまでして念能力を欲する?」
彼にはその理由が理解できなかった。
彼女は、念などなくとも自分の身を守る事は可能である。命を掛けてまで念を会得するメリットはまずないように思われた。
「良好な家族関係を築くためですよ。離れたまんまなのも嫌ですし」
彼女は、5年前に家から追い出されていた。
理由は明白であった。一家の一員として生きるには、暗殺者となる必要がある。しかし彼女には、暗殺者としての適性がなかったのである。
「念さえ会得すれば、いつでもあの家の一員に戻れる自信があると?」
「はい。身体能力や頭には問題はないと言われていましたし。ただ、念を使えないという一点のみで、追い出されてしまったんですから」
念を使えない事は、暗殺者にとっては命取りである。
闇の世界に生きる者の中には、念能力者が多数いるからである。
「家に戻る事に拘る理由は?」
「単純に言えば、消去法です」
彼女は言葉を続けた。
「この世界で生きてみて、私は常軌を逸する感覚しか抱いていない事が分かりました」
彼女は15年間、暗殺者ばかりの環境で育ってきた。それは当然のことであった。
「そうだろうな」
「この世界は綺麗すぎて、私には生きにくいんです。住み慣れた場所に戻らないと、私は私として生きる事が出来なくなるんです」
「だから、戻るというのか」
「まぁ、実は積極法でもありますけどね」
「ほう。どんな動機だ?」
「その、私には好意を寄せている方が居まして」
彼女は、頬を掻いた。
「それはまた急な話だな」
苦笑を浮かべる彼に対し、彼女は照れ笑いを返した。
「その方は、あっち側の人間なんです。だから、今の私の位置に居たって、なにも出来やしない」
あっち側、と言うのは無論、闇の世界の事である。
「彼とは、ただお茶を飲んで日常会話をしているだけでも、凄く楽しいんです。
でも、それじゃ駄目なんですよ。彼が私の世界に来るのを待つんじゃなくて、私も彼と同じ目線で世界をみたいんです。そうでなければ、私は彼にいつまで経っても追いつけない」
彼女の決意表明を、彼はただ静かに聞いていた。
「分かった。協力をしよう」
承諾の言葉を受け、真剣さのみを含んでいた彼女の表情が、晴れ晴れとした。
「ありがとうございます、クロロさん」
「だが、死ぬ事は許さないぞ。俺も、お前と茶を楽しんでいる奴の一人なんだからな」
彼女の目を見て、彼は綺麗に笑った。
これから人生一大事の事を行うと言うのに、彼はどうして集中を切らせるような発言をするのだろうか。
私が楽しく茶をする異性なんて、貴方だけですよ。彼女は、小さな憎しみを募らせた。同時に、彼への恋慕の気持ちをまた一段と積もらせた。
<諦めから始めた恋>
企画[心酔処女]様に提出させて頂きました。
素敵な企画に参加させて頂いて有難うございました。
ここまで読んでくださった方も、有難うございました。