「町工場などの中小企業は、諸外国とよく問題になります。産業スパイが、人情を利用して紛れ込み、技術を盗んでゆくせいです。日本は産業スパイに関する法整備が不完全です。しかし、技術がある。だから、金銭上の理由から法律家を置けず、職人しかいないような町工場は狙われがちなんです」
「技術だけならまだ何とか、取り返しがつきます。しかし、彼らは大金を積み、職人も盗んでゆくます。彼らは法律の知識がありませんから、目先の報酬に惑わされ、雇用条件の悪い中で拘束されることとなります」
「当時は中小企業だった我が社の社長だった父は、彼らを雇用した会社に多額の金を支払い、彼らを再び日本へ呼び戻しました。そして結果として父は、多額の借金を背負うこととなりました。訴訟にすればよかったのに、と今では思いますが、私は当時、無知な子供でしたので」
彼女は、指と指を強く組んだ。
「私は何も出来ませんでした」
夜景の更に奥の、どこか遠くを彼女はじっと見つめていた。きっとその先には、肉眼では見えないはずの、彼女の母国があるのだろう。
「私の復讐は、この分野のトップシェアを奪う。そして、彼らを金銭的に追いつめて殺すことです。もう今では、30パーセントを占めています」
夜景から視線を外し、彼女は視線をこちらへと戻した。
「そうすると犯人は、現在のトップシェアか」
彼女たちは現在、分野の2番手にまで上り詰めている。それでも尚、上を目指すというのならば、そういうことなのだろう。
「ええ。ジャポンの隣国、サルイ国の大手企業です。ここは、私たちの国だけではなく、沢山の中小企業にスパイを送り込み、現在の位置に居ます」
「たしかにあの国の企業は、かなり評判が悪いな」
特許権絡みで、キャンディ国の大企業とも訴訟になっていたな。そんなニュースを思い出しながら、私は彼女をみた。
「クラピカさんと、変わらないんです。私も。直接手を下すか下さないかの違いです」
彼女は強いはずなのに、彼女の笑みは、何処か儚かった。
「キミは、クルタ族を知っているか?」
彼女との境界を越えたということは、彼女も私と同じ境界に居るということだ。彼女にならば、話をしても問題はない。私も、秘密を吐露しよう。
「かつて存在した民族ですね。緋の目を持つ少数民族と聞いたことがあります」
「まだ、絶滅はしていない」
「そう、なんですか?お知り合いでも」
そう言ったところで、彼女は言葉を止めた。
「もしかして」
「察している通りだ。私は、仲間を殺した連中に、復讐をするのだよ」
仲間、というフレーズで、彼女は確信を得たようだ。私がクルタ族であることを。
「そう、でしたか」
クルタ族の虐殺については、ニュースでも取り上げられたことがある。仲間は目だけをくり貫かれて、殺された。きっと彼女の頭の中には、そのニュースが流されているのだろう。そして、私の殺意とそれを結びつけたはずだ。
「幻影旅団。敵は強大ですね」
「ああ。奴らを全員、始末する。それが私の目的なのだよ」
「クラピカさんなら、きっと可能です。応援しています。何か手伝えることがあれば、言ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
私たちは、堅く握手をした。彼女の手は、驚くほどに小さかった。
「復讐をしてから、私たちは最後、どこに向かうんでしょうか」
殺意というアイデンティティを失ったあとの自分が、全く想像出来ません。彼女はそう言って苦笑した。私も、殺意を失ったあとの自分を想像してみたが、何も浮かばなかった。本来あるべきものは全て、盗賊に奪われてしまったのだ。
「どうだろうな。でも、そうしなければ、生きてはいけない」
「復讐をしないならば自殺をする、復讐をするならば他殺をするだけです」
「ならば、死ぬ人数は、変わらないな」
そうですね、と彼女は笑った。
「敢えて言うならば、新たな被害者が現れなくなるというメリットはあります。しかしそれは、殺人を正当化しません」
「キミは国家機関ではないからな」
「それと、ハンターにもなれませんですから。だから、直接は殺せないんです。しかし必ず、彼らを追いつめてみせます」
「出来るだろうな、キミになら」
この若さで、世界を相手にしている彼女のことだ。きっと、数年以内に完了するだろう。
「クラピカさんも私も復讐を終えたら、コトでいろいろと見て回って、乾杯しましょうか」
「それはいいな」
「復讐した後は、消化するだけの人生ですから。綺麗なものばかり見て、お酒を飲んで、心も体も潤しましょう」
「オンセンもいいな」
「いいですね。だから、死なないでくださいね」
彼女は私の瞳を見据えた。彼女は、私がこれから復讐をしに行く事を、悟ったのだろうか。女性の勘というものは恐ろしい、と私は痛感した。
「ああ。必ず、再びキミの元へ行く。少し、時間はかかるだろが」
「待っています」
2時間ほどの談笑を終え、私と彼女はバーを後にした。用事があるので、これで失礼します。彼女は私に小さく手を振ってから、そのままその手を道路へとかざした。彼女の手に反応したタクシーが、直ぐに彼女の真横に止まった。会釈をして、彼女はそのタクシーへと乗り込んだ。彼女はこのまま空港へと向かい、母国へと帰るそうだ。そんな彼女を見送った後、私は徒歩圏内にあるホテルへと向かった。明日は、再び仲介所へと向かわなければ。そして、9月1日に、ヨークシンへと行き、奴らを捕まえる。復讐を、行うのだ。
飛行機を降り、私は母国ジャポンの地を踏んだ。今頃、彼は何をしているのだろうか。『行く』ではなく、『帰る』と彼が言えるような場所を、『お帰りなさい』と私が言えるような場所を、私は死ぬまでに、用意したい。彼の言葉を脳で繰り返し再生しながら、私はそうぼんやりと思いを巡らせていた。何処に行くのだろうか、という問いは、何処かを用意することで解決をするのだと、気が付いたのだ。コトで、一番有名な寺が見える家はどうだろうか。彼の故郷には、遠く及ばないだろうけれど。彼の心が、私の心が、少しでも救われるような場所は、この世にあるのだろうか。町工場が並ぶ地元を眺めて、彼女は深く溜息を吐いた。