原付のエンジンを切ってカギを抜き、崖を下りてから、彼女はレストランのカギを取り出した。
入り口のドアについている鍵穴にカギを差し入れ、右に回す。しかし、いつものような少し重い感覚はなく、軽い感触のままカギを回し終えてしまった。出る際に、カギをかけるのを忘れてしまったのだろうか。そう思いながら、彼女はドアを引いた。

ドアを引いて、店内を見た瞬間に、彼女の思考は停止した。店を出る際にはなかったものが、そこに居たせいである。店内にある机の内の一つに、黒髪の青年が座っていた。それは先日、ジョージ目当てに突然ここを訪問してきた彼、クロロ=ルシルフルであった。

「ああ、店長さん。随分と長い外出だったね」

手に持ったハードカバーの分厚い本からは視線を離さないまま、客体はそう発信した。発信の物理的な方向は本に向けられているが、内容からすると、それは帰宅者である彼女に向けられるものだと容易に推定できた。

「コーヒー1つ。ミルクと砂糖は2つずつで」

パタン、と音を立てて、本と彼の二人の世界が終えられた。視線が彼女の方へと向いたことで、ようやく彼女は、彼の世界へと加えられた。

「お兄さん、こんにちは。今日ここ、休業日ですよ」
「知ってるよ、CLOSEDのプレートがかかってたし。前に来たときは水曜日だったから、今日も休みじゃないかと思って来てみたんだけど」

ダメだった?と悪びれのなさそうな様子で彼は問う。

「今日、お兄さんが初めてのお客さんです」
「それは光栄」

彼女の皮肉を、彼は笑みで受け止めた。


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