レストラン・キサラギは、毎週水曜日は定休日となっている。さほど多くは来なくても、お客さん自体はそれなりに現れる。そのお客さんのために、食材を仕入れる日が必要なのだ。業者に頼んで持ってきてもらう、という手段もあるが、赤字ギリギリの状況だから、出来るだけ経費を削減したい。そのため、店長である彼女、コウが自身が買い出しに出る必要があるのだった。

この近くで買い出しを行えば、一日丸々休業する必要はない。しかし、いわゆる繁華街であるこの街には、生鮮関係の市場が充実しておらず、スーパーマーケットしかないのだ。海はなく、畑もない。第一次から抜け出して進化した産業のみが凝縮されているのだ。

彼女の求める食材は、この近くのスーパーマーケットに置いてあるようなものではなく、新鮮で質のよい食材だった。
人気店のように頻繁に客は来なくとも、お客様に出すものに妥協はしたくないと彼女は考えている。しかし、この街にそんな食材はないので、彼女は水曜日を費やして、少し遠くにある市場で、食材を吟味することにしているのだった。その日の予定で買い出しを行うのを午前にするか午後にするかを決めるのだが、今日は午後に来客の予定があるため、午前に行うこととした。

原付を走らせること約1時間、彼女は目的地へと到着した。市場からは少し離れた場所にある駐輪場へ原付をとめて、そこから市場の中心地へと歩いてゆく。人の波をかきわけ、彼女は市場の中でも一際活気づいているエリアへとたどり着いた。ここは、野菜や魚などを、一般人向けに売っているエリアだ。業者向けのものと比べて、少量にしたものが売られている。数年前に一般人にこの市場を開放したことを機に、こうして一般家庭にちょうどよい商品も並べられるようになったのだ。

まだ朝の9時であるにも関わらず、歩くのに少し手こずる程度の人が集まっていた。
1年前に初めてここに来たときは、どのように人の波をかき分けるべきか、どこに何のお店があるのかが全く分からなかった。しかし、レストランを開いてから1年が経ち、それまで毎週のように通い続けた今となっては、この市場の買い物のプロと呼ばれてもよいほどになった。どこに何のお店があるのかだけではなく、どこのお店にどういう名前の店員さんが居るのかまで、彼女は把握をしている。

すいすいと人と人の間を見つけてはそこへもぐり込み、とある鮮魚店の前へとたどり着くと、大きな声で呼び込みをしていた人物と彼女の目が合った。店長さんだ。そう認識した後で、こんにちは、と挨拶をすると、店長は彼女の元へと早足で向かってきた。彼女はこの店に毎週のように顔を出しており、毎度、店長からオススメのものを聞きながら買い出しを行っている。いわば、常連客なのだ。
彼女の近くへとやってきた店長は、呼び込みをしていたときの声量を引き継いで、ああコウちゃん、いらっしゃい!と叫んだ。遠くの人のための声量を、たったの3歩圏内で使われたため、彼女の耳にキーンと無機質な機械音のようなものが流れた。一瞬だけ渋い表情を浮かべた彼女を見て、店長さんは軽い調子でごめんごめんと謝罪をした。

先ほどのお詫びということで、会計を終えた後に、この辺ではあまり見かけない珍しい魚をおまけとしてもらうことが出来た。その後に彼女は、野菜や米、肉を一週間分購入した。魚のおまけを控除して考えても、今日もなかなかいい買い物をした。安値で高品質な物が購入できるからこそ、片道1時間もかけてここに来る価値があるのだ。しかし、原付に乗せられる量には限界があるので、買った食材は翌日の朝に届けてもらうよう手配をした。

いつもは、必要な物を買ったあと、面白い食材や調味料がないかを探しに行っている。しかし、そうしようと思った瞬間に、彼女は虫の知らせを受けた。

早く帰らなければ、何か悪いことが起きる気がする。

彼女の、こういった勘は良く当たる。今日はメンチが来るから、その関連かもしれない。
彼女は直ぐに、留めていた原付にカギを差し込んだ。発進をさせてまもなく、原付の速度を示すメーターの先端は、急速に右側へと動いていった。


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