2
「どうせここ、赤字なんでしょ?背に腹はかえられないんじゃない?」
「ど、どうして赤字だって言い切れるんですか?」
「立地。それにこの間、長時間滞在したのに、ハンター3人以外が来る気配が全くなかったしね」

その指摘は、彼女の心をぐりぐりと抉った。

「赤字じゃないです、赤字ギリギリです」
「ギリギリ赤字に入ってるの?」
「違います。ギリギリ赤字には至ってない黒字です」
「じゃ、生活は厳しい訳だ」

彼女は、うっ、と言葉を詰まらせた。

「で、どう?俺と契約しない?たぶん、一生お金には困らないはずだけど」

彼女は少し悩んだ。

たとえば、ここで彼を騙して、お金を受け取ったとする。次回彼がまた現れたときに、ジョージさんと会う約束をこじつけた、と言ってしまえば、特に矛盾なくことは進む。元々、交渉の話があるのだから。彼はお金を払って契約をしたと思いこみ、私は何の労力も払わずにお金をもらうことができる。なんと魅力的な話だろうか。

でも。そもそも、ジョージさんが言っていた、仲良くなるって、どういうことだろう。とにかく、ここでお金をもらうことは、そこから遠のく道に繋がるだろう。お金を貰って成立するような信頼は、考えられない。きっと、嘘をつかなければ、信頼が得られるはずだ。彼女の脳内に居る彼女が、頭を大きく横に振った。

「その必要はないです。その、ジョージさんから、お兄さんに交渉のお話があります。10回、ここへ通え。ここで飯を食え。そうしたら、こっちからお前に会いに行く。そう伝えろと、言っていました」
「10回か。その回数には、何の意味があるの?」
「私が、あなたと仲良くなるために必要な回数だそうです」
「仲良く?」

彼は首を傾げた。全く関係のなさそうなワードが飛び出したためである。

「あなたが前に、またここへ来ると言ったのは、私がヒソカさんと共謀しているのではないかと疑っているから、ですよね。なので、その誤解をまずは解けと言われました。そうしたら、私があなたに殺される心配はないから、と」
「なるほど、そういう意味で仲良く、ね」
「きっと、まだ私の事は疑っていますよね。でも同時にあなたは、ジョージさんとの接触も望んでいます。その理由はよく分かりませんけど、私を殺さないのは、ジョージさんと接触をしたいからなんですよね?なので、ジョージさんと接触をして私が用済みになる前に、私が無害だってことを知って貰わなければいけないんです」

先日、パクノダに透視をしてもらった事で、彼女に暗殺の意図がないことは判明している。そのことを、彼女はまだ知らないようだ。彼女から情報を引き出せ、しかもその後にあの男と話をすることが出来るのならば、願ってもないことだ。クロロは、小さく口角を上げた。

「いいよ、その話、乗った」

彼の心情など知る由もない彼女は、表情をぱぁっと明るくした。

「ここでその約束のことは出さないで、お金は貰っちゃえば良かったのに。ばか正直ってよく言われない?」

現に自分は、彼女を騙しているのだから。クロロは、彼女に少し毒づいた。

「言われます。でも、お金を受け取るような関係じゃ、信頼関係は作れないと思ったんです」
「へぇ、どうして?」
「信頼って、お金がなくても動くことを示してこそ成立するものだって、思うんです」

彼女の話は綺麗事でしかない。人間は、そんなに理想的に動くことはない。クロロは、心中で彼女をあざ笑った。

「一つ、いいことを教えてあげるよ。キミは、お金を貰ったら、信頼を得にくくなるって考えたみたいだけど、実際はそうじゃない。人から信頼を得るには、お金に揺らいで、お金に釣られる方が信頼をより得やすいと思うよ」
「どうしてですか?」
「たとえば、通貨が通貨として世に流通しているのは、それが常に同じように機能するから。金さえ積めば動くっていうのは、通貨とほぼ同じ原理で動くってこと。そんな人間ほど、信頼のできる存在はないと思うよ」

お金を出せば、何でも手に入る。人間の行動も、簡単に買える。それが、一種の信頼だ。
念以外は一般人と何ら変わらない彼女とは、理想上の信頼は築き上げられない。クロロはそう感じていた。

「そんなの、イヤです」
「イヤ?」
「お金で動くような人間には、なりたくないです。私だけじゃない、人は人で、通貨は通貨です。人が通貨になってしまえば、そんなの人間じゃないでしょう」
「現にキミだって、お金に踊らされてるくせに」

赤字経営をしている。その意味で、彼はその言葉を発した。しかしそれにしては、彼女の表情が思いの外暗くなっていることに、彼は気がついた。

「いつか、踊らされないような人間になってみせます」

彼女は、一呼吸置いてから、拳を強く握った。そして、ニコリと彼に向かって笑った。


「あ、今更ですけど、何か飲み物でも飲みますか?紅茶、緑茶、ウーロン茶、オレンジジュース、コーヒーがありますけど」

彼女は、ぱん、と手を叩いてから、そう切り出した。たしかに、テーブルには何も乗っていない。

「じゃ、コーヒーで」
「ブレンドですけど、大丈夫ですか?」
「うん、何でもいい。ミルクと砂糖もらえる?」
「え、入れるんですか?」
「甘い方が好きなんだ。ブラックも飲むけどね」

ブラックのイメージだったのに、何だか意外だ。角砂糖とミルクと彼のミスマッチさに、彼女は驚いた。彼女は言われた通り、コーヒーと、ミルクと砂糖が数個入っている小箱を、彼に差し出した。そして、自分には紅茶を用意した。彼は、角砂糖1つとミルクを、コーヒーカップに入れてから、マドラーを差し入れた。ぐるぐるとそれを回して混ぜる彼を見つめながら、彼女は脳内から話題を探す作業を始めた。しかしどれを取り出しても、会話を弾ませる自分と彼が、全く想像出来なかった。さて、何から話そうか。


prev next

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -