彼、クロロ=ルシルフルが、コウのレストランを再訪したのは、それから一ヶ月後のことであった。あのときと同じように、前髪の下、つまり額のあたりにぐるぐると包帯を巻いている。しかし格好は、ジーパンに、白地のYシャツを着ており、その上からグレーのテーラードジャケットを羽織っている。あのときと、服装の雰囲気はがらりと変わっていた。しかし、あのときと明らかに異なっていることが、もう一つあった。

「ふーん、今日は休みなんだ」

彼の、その口調だ。使ってる言語を変えたのではないかというくらいに、印象が異なるものだった。コウの背中に、ぞくりと寒いオーラが走った。
そんな彼女の状況を気にする様子もなく、彼は、彼女が座っていたテーブルの正面に腰掛けた。2人掛けの机に、若い男と女が向かい合って座っている。本来ならばムードたっぷりの展開なのだが、彼女と彼の間にはそんな雰囲気は演出されなかった。恋愛上の意味ではなく、彼と彼女は、補食者と被補食者の立場が、確立されてしまっているためである。

「あの、お兄さんって、この間私を殺しかけた人ですよね?」
「そうだよ」

彼は爽やかに笑った。しかしその爽やかさは、本来の効果を発揮しなかった。彼女はその笑みを見て、更に背中の体温が低下したような感覚を味わった。

「キャラ違いすぎてません?」

彼と会った1ヶ月ほど前、彼女は目の前に居るこの男に、目が合ったと同時に銃を突きつけられた。そのときは、その行動に見合うような冷たい口調だった。しかし今はどうか。武器は爽やかそうな容姿から放たれる笑みくらいで、口調もその武器に見合うような軽いものだった。

「これが素なんだけどね」

彼は相変わらず、笑みを崩さない。それはまるで、ギャップに狼狽している彼女の反応を、楽しんでいるようだった。

「はぁ、そうなんですか」

まだ疑っていそうな彼女の言い回しに、彼は今度は苦笑した。

「この間の口調がいいなら、作るけど?」

彼は彼女をじっと見つめた。

「いや、それでいいです。素なんでしょう?」

素を露呈してくれているのなら、都合がいい。このまま距離を詰めて、仲良くなってしまえばいいのだから。彼女は、彼の“素”に慣れようと決意した。

「うん。じゃ、そーいうことで」

彼はまたにこりと笑った。最初会ったときは、一度も笑わなかったのに。この彼が、あの彼を閉じこめていることに、彼女は強い違和感を感じた。

「それ、二重人格って訳じゃないんですよね?」
「仕事をしているときは、ああなるんだ」
「仕事、ですか」
「詳しく聞きたい?」

彼は、机に肘を乗せて、口の前で手のひらを重ねた。

「いや、何か危ない気がするんでいいです」

これ以上深く、彼の危険区域に立ち入らないようにしなくては。でも、彼には私が無害であることを立証するために、私の区域にどんどん立ち入らせなくてはならない。そのようになかなか難しい関係を、彼女は作り上げなければならないのだ。彼女は、関係の形成を指示した人物を、頭に浮かべた。

「でさ、ジョージって人のこと、詳しく聞かせてくれないかな」

その瞬間に、彼女が思い浮かべていた人物の名前が彼の口から飛び出した。心の中を読まれたのだろうか、と思ったが、きっと偶然だろう。しかし、やはりそうだったのか、と、自分とジョージの推理が当たっていたことを彼女は察した。


「お兄さん、やっぱりジョージさんが目的なんですね」
「うん。それか、あの人と接触させてくれない?報酬ならいくらでも払うから」

いくらでも、という抽象的な表現に、彼女は興味が湧いた。

「ちなみに、幾らくらい出るんですか?」
「キミの言い値。まぁ、1兆出せって言われたら流石にキツいけど」

つまり、億単位なら全く問題がないということか。万単位の世界でしか生きていない彼女は、目の前に居る青年とはやはり住む世界が違うのだと痛感した。



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