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「あー良かった、帰ってくれた」

今までの緊張を吐き出すかのように、コウは大きく息を吐いた。色々と気になることはあるが、殺されずにすんだだけで、十分だ。今更になって、心臓がドクドクと激しく動き始めた。拳銃を突きつけられたときのあの感触が、時間の経った今でも残っている。まだ死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。少なくとも、あと、1年は。彼女の頭には、ある女性の姿が映し出されていた。

今日、四度目となる来客者が現れたのは、そんなときであった。彼女は来客者の顔を見た瞬間、ジョージさん、とその名を叫んだ。

「何だ、やかましいな」
「聞いてくださいよ!さっき、幻影旅団に関係がありそうな人たちが来て」

ジョージは彼女の言葉を受けて、ああ、と頷いた。

「たしかに居たな。んで、何かされたのか?」

『居たな』というフレーズに、彼女はピクリと反応を示した。そのフレーズは、ここに一度は足を運んでいなければ、発されないものだからだ。

「ジョージさん、あの人たちと会ったんですか?」

首を傾げる彼女に対し、またジョージはこくりと頷いた。

「ああ。だが、俺が着いたときにはセイジとコジロウが死にかけてたからな、奴らを連れていったん逃げた」
「それじゃ、やっぱりジョージさんだったんですね、あの人たちが言ってたの」
「言ってた?」
「はい。ジョージさんっぽい人の見た目をつらつらと挙げて、この男に覚えはないか、って聞かれました」

どうやら、作戦は成功をしたようだ。そう、自分に興味を引かせることこそが、ジョージの目的であったのだ。しかし、それを彼女に悟られてしまっては、作戦が狂ってしまう。ジョージは、本心を心底へ沈めた。

「んで、何て答えた?」
「殺されかねない状況だったんで、殆ど喋っちゃいました。ごめんなさい。ハンターで、今はタクシーの運転手もやっている人だって。あと、45歳くらいってことも」

申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女を見て、ジョージはカラカラと笑った。

「いや、情報は別に漏らしたって構わねぇ。俺は逃げりゃいいだけだからな」

ジョージは一流のハンターだ。もし何かしらがあって彼らに追いかけられることがあっても、逃げることは簡単なハズだ。怒られることを懸念していた彼女は、安堵した。

「ところで、あの人たちって何者なんですか?」

この会話の流れ上、あの人たちとは、クロロたちのことだろう。彼女のその質問に、ジョージは苦笑を浮かべた。

「お前さんの身のためだ。アイツらの正体は詳しい正体は、聞くな。今から、知ってても平気そうな情報だけ話してやらぁ」
「わ、分かりました」

彼女は背筋をピンと伸ばした。

「その前にお前さん、今日来た客について聞かれなかったか?」
「ヒソカさんのことですよね。アイツとはどんな関係だ、と聞かれました」

もう奴から名前まで聞き出していたのか。ジョージは少し驚いたが、そのまま説明を続けた。

「実はだな、最近そのヒソカって奴は、あの男の居る一味に加わったんだよ。ヒソカの素性は不明らしい。力さえあれば一味には加入が可能だが、どうも奴は素性だけではなく行動も全く読めないらしく、内部ではかなり警戒をされている」
「そうだったんですか」

一味。その言葉を聞いて彼女の頭に浮かんだものは、調味料であった。しかしその映像を直ぐに片づけ、彼女は文脈に合う方の一味を脳内で拾った。幻影旅団に関係がある一味。きっと彼らもかなりヤンチャな集団なんだろうな。彼女はそう推測をした。

「で、今回あいつらが来た目的は、ヒソカの周辺調査ってところだろうな。もしかすると、何かのきっかけで、ヒソカとお前が共謀して、あの男を殺害するんじゃないかってくらい思ってたかもしれねぇな。ああ、ちなみに、あの男は一味のトップだ」
「そんな。私、何も変なことしてませんよ」

彼女は手をぶんぶんと勢いよく横に振った。

「だが、あちらさんはお前のことなんざ知らないからな、疑っても仕方ねぇ。それ以外に、わざわざヒソカの情報をお前さんに聞きに来る理由は考えられねぇだろ」

ジョージの推理は筋が通っている。そして、それ以外に、彼女の頭には仮説は立たない。きっとこれが、正解なのだろう。私はあの人の命を狙っていると疑われていて、あの人はそんな私の事を殺そうと考えているのだ。その事実を認識し、彼女はエプロンの裾をきゅっと掴んだ。

「こ、これからどうしましょう?さっきのスーツ姿の男の人とボインのお姉さん、また来る、って言ってましたよ」

また来る。作戦の成功を告げるフレーズに、ジョージは口角を上げた。

「正直言えば、あんな厄介な連中に目を付けられたんじゃ困るな。だが逃げるにせよ、あいつらの顔を知ってしまったことが、どう働くかが読めねぇ」
「どういう事ですか?」

顔を知られていることが、不利益になる。その可能性は、彼女の頭には全く浮かんでこなかった。

「自分の顔を知ってる相手が動き回るとなると、厄介払いに殺される可能性がたけぇんだ。ああいう連中は、顔ですらトップシークレットな情報なんだよ。自分が何処に居るのかを、他人に掴まれやすくなるからな」

つまり、顔を知られているという事は、それだけ身元を特定されるリスクが上がるという事なのだろう。彼女はようやく、認識をした。

「そうなんですか。じゃ、顔を見ちゃった私たちって、かなりマズい状況なんですね」
「ああそうだ。流石に俺たちだってな、お前さんを抱えてあいつらから逃げ切る自信はねぇぞ」
「でも、私だけで逃げ切れれば問題ないでしょう?私、影薄いですし、いけますよ」

彼女は拳をぐっと握った。彼女のその意気込みは、ただの空回りでしかない。ジョージは、はぁ、と溜息をついた。

「じゃ、捕まったら死ぬ覚悟は出来てるんだな?」
「それは、ない、ですけど。じゃあ、どうすればいいんですか?」
「この場に残るしかねぇな」

ジョージの言葉に、彼女は目を丸くした。しかしジョージは彼女を気にすることなく、言葉を続ける。

「んで、何とか誤解を解くしかねぇ。お前がただのコックだってことを、知ってもらえばいいだろう」
「そんなこと、出来ますかね?」

彼女の脳は、不安の感情で埋め尽くされていた。

「どう思う?」

ジョージのその言葉に、彼女は先ほどのやりとりを思い返し、うーん、と考え始めた。

「きっと、少しくらいは話を聞いてもらえる気がします」

数秒後に、彼女はそう結論を下した。

「つまり、交渉の余地ありか」
「はい。たぶんここに居れば、今度会って直ぐに殺されるってことはないと思います。きっと、あの人がジョージさんと会えるまでの間は、大丈夫かと」

彼がここに来た理由はきっとジョージの指摘通り、自分とヒソカが共謀していないかどうかを調べるためであろう。
しかし今は彼の興味は、ジョージに向いている。先ほどの彼の様子から、彼女はそう感じ取っていた。しかし、だからと言って、自分の嫌疑が晴れた訳ではない。ここを解かなければ、自分は殺されてしまう。彼女はそう痛感していた。

「そうか。なら、俺が会いに行くことを条件に、あの男や一味の人間が、お前と数回接触するように交渉すればいい訳だな」
「そうですね。何回くらいがいいですかね?」

ジョージは、うーん、と唸った。

「あんまり長いと、交渉が成立しないかもしれねぇな。キリよく10回くらいでどうだ。毎回1時間、あいつらとお前が食事でもしながら親睦を深めればいい」

つまり、その10回の内で、何とかしてあの方々と仲良くしなければならないということだ。難題を与えられた彼女は、ただ頭を抱えた。頑張ります、と小さく宣誓すると、ジョージは彼女の頭をガシガシと撫でた。


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