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ジョージさんは、電話に出ない。警察に電話をすべきだろうか?でも、警察を呼んだところで、セイジさんとコジロウさん以上の働きをするだろうか?彼らは、警察さえも凌駕するような実力を持つ、ハンターなのだから。

コウは、クロロとパクノダの正体を知らない。しかし、彼女が出会ってきた異質な人物たちの中でも、特におかしな人物であることだけは分かっている。あの『幻影旅団』と何かしらの繋がりがあるのだから、ただの人間であるはずはない。
彼女はただ、レストランの中をぐるぐると歩き回る事しかできなかった。早く、二人が帰ってくればいい。そうすれば、こんな不安は直ぐに無くなる。彼女は、入り口のドアをただ見つめていた。すると、外から足音が聞こえてきた。
ああ、二人が帰ってきたのか。彼女は、二人の姿を思い浮かべながら、視線を外さないで居た。ドアが、開いた。現れたのは、二人であった。しかし、彼女が期待をしていた二人では、なかった。現れたのは、クロロとパクノダであった。

「期待外れ、と言いたそうな顔だな」

クロロは、コウの内心を見抜いていた。

「セイジさんとコジロウさんは、どうなったんですか」

彼女は、凛とした調子で、二人にそう問う。

「殺してはいない」

そのフレーズを聞いた途端、彼女の表情に、安堵の色が生じた。

「じゃあ、生きているんですね」
「ああ。邪魔が入った」
「邪魔?」
「第三者が介入した」

第三者とは、一体。彼女はそれを尋ねようとした。

「お前は、タクシーの運転に知り合いは居るか」

しかし、先に質問を飛ばしたのは彼の方であった。あの人物が賞金首ハンターかどうかを、彼女が知っているかは分からない。そのため、いつも活動していると言っていた方の職で、彼は尋ねた。
彼女の頭には、ある人物が浮かんでいた。先ほどまで電話をかけていた、あの人だ。

「もしかして、ジョージさんのことですか?」
「そのジョージとやらは、容姿はどういったものだ」
「黒髪のロン毛で、身長は170cm台ってところですね。東洋人って感じの容姿です。例えると、パイナップル・オブ・カリビアンのときのジャニー・デーブみたいな感じです。年はたしか、今年で45だって言ってました」

彼女が挙げた作品は、今年、全大陸で大ヒットしたハリウッド映画であった。カリブのパイナップルに関する伝説を巡って、考古学者たちが奮闘する話だ。彼は直ぐにイメージを掴んだ。

「なるほど、ほぼ一致をするな。まだ仮説でしかないが、その男が、俺たちの邪魔をしたと考えられる」
「邪魔、って言うと、ジョージさんが二人を助けたってことですか?」
「そういうことだ」
「それじゃ、ジョージさんかもしれません。あの人、かなりケンカ強いですから」

ケンカが強い、というより、それが仕事だから当然なのだが。彼女は、ジョージという男が、ハンターであることを知っているのだろうか?しかし、出来れば彼女に余計な情報を与えたくはない。情報を引き出す際に必要ならば、問うことにしよう。彼は、質問を飲み込んだ。

「この辺でもめ事があると、警察よりもみんなジョージさんに頼るんですよ」

彼女は、嬉しそうにそう話す。親友を自慢するかのような口振りが、クロロの気に掛かった。あの大小の男たちもそうだが、彼女を監視している人物たちは、彼女から信頼を得ているらしい。

「あの男は、お前とはどういった関係だ?」

この質問ならば、男に関する情報は与えずに情報を引き出すことが出来る。そう判断した彼は、まずはここから攻めることにした。

「関係ですか?」
「ああ。随分と仲がいいようだが」
「私がここに店を建てられたのは、ジョージさんのおかげなんです。資金もほとんどない私に、土地と建物を提供してくれました」

彼は、男のピースを埋めるために、質問を続けた。

「どこで出会った?」
「地元の不動産屋で、です。物件を探していたときに声をかけてもらって、ここを紹介してもらいました。ジョージさんが持ってる山なんだそうです」
「あの男は、このあたりの住人ということか」
「みたいですね。あ、でも、私が越してきたのとほぼ同時期に来たみたいです。町の人がそう言ってました」

越してきたばかりなのに、この山を所有していた。そして、使ってはいなかった。では、何のために購入したのだろうか?そんな疑問が、クロロとパクノダには生じた。

「この山は、お前が利用を始めたときには、どう言った状態になっていた?」
「今の状態のまんまです。けもの道があって、その先にこの崖と、この平らなところがあって、この建物も建ってました」
「建物も?」
「はい。ちなみに、中も今のままです。料理するのに必要な設備は揃ってて、他に用意したのは、食器と調理器具くらいでした。凄いんですよ、ここ。火力も十分だし、中華料理だって作れますから」
「一般家庭のものとは違っているのか?」
「はい。普通の家なら、あそこまでの設備は要らないと思います」

つまり、最初から、飲食店として使うつもりであったようだ。あの男が開業をする予定だったのか、第三者に飲食店として提供するつもりだったのか。どちらにせよ、彼女がここに来たときに、環境が整っていた事は確かだ。否、整えられていたのかもしれない。クロロは、そう推察していた。彼女と、あの男の繋がりが、何となく見えてきた。推理にひと段落をつけたところで、クロロは彼女の目を見た。

「ところで」

もしかして、何か気に障るようなことを言ったのだろうか。話題の転換を告げるフレーズに、彼女は一瞬、どきりとした。

「お前は、何か失念していないか?」

クロロは、彼女のオーラが揺らいでいないことに気がついていた。二人が死んでいない。その事実を知ったときから、彼女のオーラは安定を保っていた。先ほどまでの揺らいでいるオーラでは、なくなっていた。

「え?」

彼女は目を丸くした。

「俺が初めに言ったことを忘れたか」

彼女は、指を顎に宛て、記憶を掘り返した。数秒後、目的の情報を見つけた彼女は、あっ、と声を出した。

「確か、殺す、と」
「ああ、そう言ったはずだ」
「その、最初は怖かったんですけど、慣れました」

あっけらかんと、彼女はそう言ってのけた。

「殺す、と言っておきながら、私に危害は加えられていないし、二人も生きていると聞いたので、こう、殺される実感がなくて」
「拳銃を、突きつけられたのにか」
「はい」

幻影旅団の関係者であるからと言って、自分にとって害であるとは限らない。彼女の思考は、至ってシンプルなものであった。

「私、色々と考えるのって苦手で。目の前に本当にあるって事しか、考えたくないんです。だから、よく食い逃げされたりしますけどね。ちょっと悲しいですけど、まあ仕方ないです」

否、シンプルというよりは、頭が悪いのかもしれない。クロロは、脳内で印象を訂正した。

「それに、お兄さんだって、私のこと、ちょっとは信用し始めてませんか?さっきから、お姉さんに確かめさせてないですし」

彼女の指摘の通り、確かに彼は、パクノダに彼女の言葉の真偽を確かめさせるように指示はしなかった。その事実を突きつけられてから、彼はその事に気がついた。確かにそうね、と言ってから、パクノダはまたクスリと笑った。

「その、私は何も隠すつもりはありませんから、聞きたい情報があれば聞いてください」

自分に危害が加えられていないから、自分は安全な状態にある。それは、人間は理由がなければ危害を加えない、という思考から生まれる思考なのだろう。

「お前は、性善説派のようだな」
「セイゼンセツ?」
「こっちの話だ」
「そ、そうですか」

彼女は苦笑いを浮かべた。彼の意図を理解しているのは、本人と、パクノダのみであった。

「また来る」

唐突にそう告げて、彼はくるりと身を翻した。パクノダは、少し怪訝そうな表情を浮かべたが、直ぐに彼の後に着いていった。レストランなのに何も頼まず、ただ、たのもう、と言って道場破りをしに来たような存在たちは、いきなり現れ、いきなり去っていったのだった。


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