「そうだ」
ヒソカは手を叩いた。
「君の名前は、何て言うんだい?たぶん、名字はキサラギと言うんだろうけど」
その推理に、彼女は目を丸くした。
「え?どうして分かったんですか?」
そう聞くと、彼は、くっくっくっ、と気味悪く笑った。そんな彼を見て、彼女の体が少しだけ退いた。ああいけない、素が出てしまった。ヒソカは反省をした後で、理由を述べた。
「レストランの名前に付いてるじゃないか」
あ、確かに。理由に納得したらしい彼女は、そう漏らした。
「名字はご察しの通り、キサラギです。名前はコウと言います」
「つまり、キサラギコウさんってことだね」
そうヒソカが彼女の名前を呼ぶと、何処か照れくさそうに、はい、と返事をした。
「ヒソカさんもマチさんも、やっぱり身近な感じがします」
彼女の急な心情の吐露に、ヒソカとマチは少し驚き入った。
「キサラギが名字だって分かった人、本当に限られているんです。それに、こっちに来てから、名字とか名前なんていう単語を発する人なんて、めったに見ませんでしたし。あと、マチさんの格好も、私の母国を思い出させる感じのもので」
二人とのやりとりで、彼女は、自国ジャポンの情緒を懐かしんでいたようだ。
「そうなんだ。でも僕も、ジャポンの人と会ったのは久々だったよ」
「という事は、やっぱりジャポンと縁がおありなんですね。嬉しいです」
声が弾む彼女と、それを見て楽しそうに笑みヒソカを見て、マチは気がついた。もしやヒソカは、意図的に、彼女の母国のピースを散りばめているのでは。そうして彼女の警戒心を少しずつ溶かしているのではないか、と。
それが本当であれば、彼と彼女は偶然出会っただけの、薄い関係でしかない。クロロを倒す同盟を組んでいるのならば、このような工作は無用なはずだからだ。
マチは考えた。しかし、途中で考える事をやめた。彼女には、一番頼ることの出来る感覚がある。それの下した審判に、任せる事にした。
「そういえば。何でこんなとこにレストランを作ったんだい?」
マチからの突然の質問に、コウは喫驚した。しかし、それを表に出すことなく、質問に答えた。
「昔っから夢だったんです、レストランを持つのが。で、とにかく安い予算でレストランを作ろうと思って物件を探していたら、ここを見つけまして」
「ふぅん、まぁ、確かにここならそうだろうね」
来るまでに相当な労力を要するような場所だ。普通、家や店を置くという発想には至らない。そのため、土地の価値はかなり低く評価されているだろう。
「実はですね、正確に言うと、賃料が安いんじゃなくて、0円なんです。この山の持ち主の方、いい方なんですよ」
彼女は嬉しそうな声色でそう言う。しかし、マチは彼女とは異なった感想を抱いていた。
「いい奴なら、普通の土地を、格安なりただで貸すもんじゃないのかい?」
もっともな意見をぶつけられた彼女は、苦笑いを浮かべた。
「どうやら、そこまで世は甘くないようで」
世の甘い所しか見てなさそうな顔して、何を言うか。世の暗い所で暮らす彼女は、日の世界の人物に心中で舌打ちをした。