「うん、半熟だねぇ」
彼は賭けに勝ったようだ。
悪意を持って念が自分の体内を侵食してゆく様子は、全く感じられなかったのだ。
「一応プロですから」
そう言って満足そうに笑むと、コウの顔立ちは、更に年齢を遡っていった。
オムライスにナポリタン、ハンバーグにエビフライ、、そしてデザートに焼きプリン。
ラインナップこそ典型的ではあるが、彼女の作った品は典型を破っていた。
美味しいよ、と感想を述べると、彼女は少しだけ頬を赤らめた。
「それにしても、どうしてわざわざ開店前に昼食を食べるんだい?」
先程から暇を持て余している様子のコウを見て、ヒソカはそう疑問をぶつけた。
そのニュアンスは、彼女にも伝わっていたようだ。彼女は眉を顰めた。
「皮肉ですか?」
ほんの少しだけ、声色が黒さを見せた。
「いいや?単純な疑問さ」
あっけらかんとそう言ってみせる。
悪意ある質問ではなく、単純な疑問なのだろうと彼女は解釈し、返答をした。
「実はこの店、配達サービスもやってまして。いつ注文が入るか分からないんで、先に食べちゃうんですよ」
「そうなのかい?じゃ、僕も今度使おうかな」
「本当ですか?」
輝いた目が、ヒソカへと向けられる。
レストランらしからぬサービス展開や、ただのサービストークに反応を見せているあたり、此処は経営不振なのだろう。
彼は、サービストークのつもりだった発言を、現実にしてやろうと決意した。
「常連客は居るのかい?」
「最近は、ハンターを目指している忍びの方がよく来られますね」
「へぇ、それは奇遇だなぁ。僕もハンターを目指してるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。去年落とされたから、今年は試験にリベンジするつもりさ」
彼女は、今の月を示す数字から、ハンター試験のある月までを唱えながら、指を折って数を数え始めた。
「確か、あと5ヶ月くらいで始まりますよね?」
「よく知ってるね」
「知り合いがハンターなんです。さっきお話したピンク色の髪の女性がそうなんですよ」
「そうなんだ」
「彼女は優秀なハンターらしいんで、もしかしたら、そのうち試験官になるかもしれないですね」
試験官じゃない事を祈ってるよ。勢い余って殺しちゃうかもしれないしね。そんな本音を最後の一口と共に飲み込んだ後で、ヒソカは、そうだね、とだけ発した。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
オーダー票に示された金額を彼女に渡し、彼は椅子を発った。
彼女は、彼を出口まで見送ろうとその後をつけていった。
そして彼は、ゴール地点のドアへと辿りついた。
ドアを開けようとした瞬間に、お開けします、という声が聞こえたので、彼は大人しくドアの前で待った。
そして、彼女が彼を抜かしてゆく瞬間に、彼はこう呟いた。
「今度は、知り合いも連れてくるよ」
「本当ですか?」
その台詞が示す二つの布石を拾ったコウは、眩しいくらいの笑みを浮かべた。
ありがとうございました、と深々と頭を下げ、彼女は店を出て行くヒソカを見送った。
故に、彼が愉快そうな笑みを浮かべていた事を察する事はなかった。
間違いない。
彼女は、除念師だ。
そう確信したヒソカは、自分のアジトへ急いで向かった。