「お待たせしました、お子様ランチです」
カタン、という小さな着陸音と共に届けられた完成品に、ヒソカは舐めまわすかのような視線を送った。
しかし彼は、直ぐその料理に手を出そうとはしなかった。その前に、考えておくべきことがあるからだ。
さて、美味しそうな料理に、とても美味しそうな念が掛けられていることは、料理を凝視すれば分かることである。
そこで生じてくる問題の一つは、掛けられている念がどのような効力を持っているのか、ということである。
もし念が人を攻撃、若しくは死に至らしめるものであれば、どうであろうか。
それならば、この場に客が来ない事にも納得出来る。
しかし、その疑惑を打ち消しかねない人物が居る。コウの料理を食べ、生存している可能性のある人物である。
それは、先程やり過ごした客であった。
その推測の材料は、コウの行動にある。
まず、彼が入店した時に、彼女は皿を洗っていた。
洗っている途中であった皿をちらりと見てみれば、それは一人分の量であった。
では、その皿は、誰が使った物と考えられるか?
もし、それが、客に用意したものであったら?
且つ、その客が先ほどの女性であるなら?
その二つの要件が満たされれば、彼にとっては都合のよい流れとなる。
そう、彼は、その女性がピンピンしている姿をその目で捉えていたのだから。
都合のいい結末を得るため、彼は、彼女と世間話を続けた。
「前から疑問に思っていたんだけど、コックさんってどのタイミングで食事を取るんだい?」
彼女は、顎に指を掛けた。
「他の方の事はちょっと分からないんですけど、私は開店前に食べちゃいます」
ヒソカは、密かに口元を緩めた。求めていた答えの一つを得たからである。
「へぇ。営業時間内は食事を取れないくらい、お客さんが来るのかい?」
そうして彼は貪欲に、次のピースを埋めてゆく。
「いや、実は暇だらけなんです。今日なんて、来店されたのはお客さんで二人目ですよ」
「二人目って、もしかして、桃色の髪をした女性が一人目かい?」
「ああ、そうです。さっき出ていったんですが、来られる時に見ましたか?」
「崖を登っていくのを遠目で見たんだ。でもたぶん、あっちは僕に気付かなかったと思う」
意図的に気付かせないようにしたのだから、実際は"たぶん"ではない。
「そうですか」
だが、彼女がその事実を知る術などはない。
何の疑問も持たれることなく、会話は円滑に進んでいった。
客は一人しか居なかったのだから、料理を食した者も一人しか居ないはずである。
更に、街で感じた彼女のオーラは、タイミングからすれば、その一人のために発動されたものである事も簡単に推測できる。
つまり、彼女が有害な物を作れるかどうかは、今は判断できないが、
少なくとも、人体に無害な料理を作る事ができる事が今、証明されたのだ。
それに、有害な物を作れるとしても、そうさせない状況を作ってしまえば、問題はない。
彼女が警戒心を持っていなければ、きっと料理には何の問題もないはずだ。
「もしかして、猫舌でしたか?」
「そうなんだ。とても美味しそうだから、早く食べたいんだけどね」
話題の間を縫って、ヒソカの行動を不審に思った彼女から、ついにそう声を掛けられてしまった。
推理中のヒソカは、まだ料理に手をつけていなかったのだ。
それは、料理が無害かどうかまだ完全には証明されていないからである。
不審に思われない内に、さっさと結論を出してしまおう。ヒソカは、推理を再開した。
彼女は、念を使っていた時には、たぶん警戒をしていなかったであろう。そうヒソカは結論づけていた。
そもそも、彼女の表情が警戒の色を見せたのは、彼が入店した時のみであった。
だがしかし、それは警戒心が潜在的なものと化しただけの事であろう。
初対面の相手に100%気を許すようなお人好しは、そうそう居ない。
勿論、彼は入店時には、彼女の能力の正体など知る由もなかった。
しかし、警戒心を解いておいて損な事はないだろうと考えた彼は、彼女に次の事をした。
彼女の得意な料理のジャンルを聞いた彼は、まず、彼女の出身国と思われるジャポンの料理を頼んだ。
次に、ジャポン特有の情報を加えた。
そして最後に、ジャポン人の価値観を持っているような素振りを見せた。
さて、他国のこんな僻地でレストランを経営している身としては、客が来ただけで心強く感じられるものであろう。
それに加え、その客は自国を思い出させるものを投下してきたとなれば、親近感が湧き、警戒心などは吹き飛んでしまうはずだ。
それは現在、当初の想定とは少しズレたものの、結果として自分の身を守るものと成り得たのであった。
頂きます、と呟いて一口目を飲み込んだ後で、彼はそれを痛感した。