「会心の出来だと思ったのになぁ」

食器を回収しながら、彼女はそう本音を漏らした。

彼女は薄口醤油が切れていたことを思い出したのは、
メンチが訪れる1時間前、彼女がこれから訪問する旨の電話を受けた直後であった。

彼女は毎回、和食をオーダーしてくるから、薄口醤油は必需品となる。
それ故、切れてしまったとなれば、買いに行く必要性が出てくる。

だが、今日は水曜日。コウがいつもお世話になっている酒屋さんの、安息日であった。

それならば、その酒屋さん以外から醤油を調達すればよいのだろうが、それは許されない。

いつも世話になっている酒屋さんは、かなりのこだわりを持って醤油を醸造しており、そうして作られた醤油は市販のものとは比べものにならないほどの質である。

その味を、美食家である彼女が忘れる訳がない。

そんな彼女に対して、市販の醤油など使おうものなら、鉄拳が飛んでくることは間違いない。

それなら、どうすればよいか。

隣町にある酒屋へ行くことも選択肢にはあったが、
彼女が選んだ道は、今持っている濃口醤油をリメイクするしかない、というものだった。

酒屋さんのものには及ばないだろうが、上手く行けば、一番安価で済むはずだ。

まずは、色を薄めるために、水を加えた。その後は試行錯誤の連続であった。

しかし、そうして出来上がった自信作は、いとも簡単に濃口醤油であると見抜かれてしまったのだ。


そもそも、濃口醤油から薄口醤油を作り出すことなど不可能であるから、彼女が気を落とす必要などはない。

それでも、彼女は悔しがる。料理に関してのみ、彼女はそうだった。


そんな風に苦汁をなめながら、彼女が洗い物をしていた時だった。

キィ、とドアが開く音がした。

メンチが忘れ物でもしたのだろうか。

そう思い、彼女は入り口へと目線を移した。

すると、彼女の視界は、ピエロを捉えた。

無論、このピエロはサーカスやデパートに現れる、集客係ではない。お客さんだ。


「い、いらっしゃいませ!」

裏返った声を聞いたピエロは、口元を緩めた。

彼女はそれに気付くことなく、言葉を続ける。


「お好きな席にどうぞ」

笑みを向けると、ピエロも笑みを返した。

「じゃあ、カウンターにしようかな」

レストランの中は、やけにこざっぱりとしていた。

席は、カウンターの3席ほかに、2人掛けの机が4つ並んでいるだけ。
そして、レストランを彩るはずである小物は、小さなブラウン管のテレビとラジカセのみである。

これじゃ、来た客は落胆するんじゃないかな。
ヒソカは、コウに見えないように苦笑を浮かべた。


3席の中で、厨房に一番近い位置に座ると、彼は彼女を観察し始めた。
あの念は、どのように発生されるのかを突き止めるためである。

だが、分析するにはあまりにも情報が少なすぎる。

それならば。ヒソカは、直接情報を引き出す事に決めた。


「君は店員かい?」
「はい。唯一の店員です」

コポコポ、と水が注がれる音の隙間から、遠回しな真実が告げられる。

「つまり、店長さん?」
「そう言うと、聞こえはいいんですけどね」

照れ笑いする彼女から、更に彼は収集をする。


「此処は、何のレストランなんだい?」
「ジャポン料理を中心にしてますが、食材さえあれば何でも作りますよ」

こちらがメニューです。
彼のために注がれた水と共に、その物体と言葉が届けられた。

パラパラと眺めてはみるが、彼の直感に触れるものは見あたらないようだ。

パタン、とメニューを閉じると、彼は彼女の方を見やった。

「それじゃ、メニューにないものを作ってもらおうかな」
「何を作りましょうか?」

コウは、エプロンのひもを締めた。
そうだなぁ、と少し溜めた後で、彼はこう注文した。


「お子様ランチって、作れる?」

彼の発した単語の可愛らしい響きは、狭い店内で木霊した。少しの間を置いてから、彼女は聞き返した。


「お子様ランチ、ですか?」

目を丸くしたままの彼女に、彼は笑みを向ける。

「うん、一度食べてみたかったんだ」

語尾にハートマークを付けてそう言うと、彼女は相好を崩した。

「か、かしこまりました」

見た目とは裏腹であった注文に驚いてはいたが、コウは調理を始めるべく、キッチンへと向かおうとした。

「君、顔がニヤケてるよ」

しかしヒソカは、彼女の上擦った声に対してそう指摘をした。
すると、彼女はそれを隠すように口元に手をあてた。

「す、すみません」
「意外?」
「意外というよりは…」
「よりは?」
「可愛いなぁ、って」
「……それ、嬉しくない」

突いていた頬杖を折った彼を、彼女は笑った。

その後で、ああそうだ、と呟き、こう切り出した。

「何か食物アレルギーをお持ちの物とか、苦手なものはありますか?」
「ないよ」
「それは良かった。では、少々お待ち下さい」


見た目は奇抜だけど、意外といい人みたいだ。
そんな事を思いながら、彼女はキッチンへと帰っていった。


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