この世には、ハンター、と呼ばれる職がある。
それは、犯罪者を捕らえたり、文化財の保護に当たったりなど、各々がやりたい事を行う職である。
そのためのあらゆる特権が、彼らには与えられる。
例えば、一般人が立入ることの出来ないほどに危険な禁止区域であっても、ハンターであれば大抵は入る事ができる。
それを利用して、世界各地を逃げ回る犯罪者を追うもよし、
その場に居るとされる絶滅危惧種を保護するもよし、
無論、ハンターの資格を他者に売ることで莫大な富を得ることも許される。
そんな中で、世界中のあらゆる立入禁止地域を周り、あらゆる食材を取り、自身でそれを調理している者たちもいる。
彼らこそ「美食ハンター」と呼ばれる存在である。
実は現在、超一流と呼ばれているコックは、美食ハンターである者が多数と言われている。
その理由は、彼らが自らの手で取りにゆく二つの食材にある。
一つは、一流の名に相応しい、希少価値の高い食材である。
一流のレストランに、一流の食材はつきものであるからだ。
もう一つは、過去人類が巡り会った事もない食材である。
一流のレストランには、他と差別化されるための強烈な個性も要されるのだ。
そして、食材を手に入れたところで、それらの魅力を存分に引き出すには、高いスキルが要される。
その要件を全て満たすのがハンターであり、且つ、腕が一流の料理家でもある者のみである。
一般的な料理家には、これらを実現することは不可能である。
故に、美食ハンターは、料理家から尊敬され、羨望の眼差しを受ける。
崖を下った途中にある広い足場で、現在地である赤字スレスレのレストランを切り盛りしている彼女、コウは、
間違いなく、彼らに眼差しを送る側である。
そして、彼女の作った食事をたった今食べ終えた女性、メンチは、眼差しを受ける側の存在である。
つまり彼女は、特別な存在なのである。それは、その容姿にも現れていた。
前髪とサイドの髪を三カ所、外側へ向けて纏める奇抜なヘアスタイルと、それをさらに引き立てる桃色の髪色。
小柄でありながらも、グラマラスな体型。
そして、整った顔立ちは、小さな顔に収納されている。
平均や平凡という言葉とはかけ離れたポテンシャルを持つ彼女は、
更に、その高い功績と料理の腕で、ハンターの中でも優秀であると評されている。
つまり、一般人が尊敬するハンターの中でも、トップクラスの実力を持つということだ。
天は二物を与えないなんて嘘だ。彼女には、二物どころか十物くらい与えられているのに。
もし、この恨めしさを食材に出来るなら、ざっと50人ぶんくらいのスープは作る事が出来るだろうか。
コウはそんな空想をしながら、彼女が食事する様子を観察していた。
「ごちそうさま」
「お粗末さま」
「その通りね」
彼女が箸を置いた。
些細な物音ではあったが、コウは肩を揺らした。それは、料理批評が始まるチャイムなのだ。
「お吸い物に何で濃い口醤油を使うのよ。ふつうは薄口醤油でしょう?」
「えっと、それは」
えへらえへらと意味なく笑ってみるが、彼女はただ返事を待ち続けていた。
コウは決意を固め、言葉を濁しながら真実を告げた。
「薄口醤油、ちょうど切らしてて」
「…ねぇ、ここ、料理店よね?」
それまでよりも長い間を置いた後に、メンチは塞いでいた口を漸く開いた。彼女の冷たい視線が、コウに突き刺さる。
「いい濃い口醤油なら何処でも割と安く買えるんだけど、いい薄口醤油はなかなか安くは買えないんだよね」
冷や汗をかきながら理由を説明するが、彼女はそれを、只の言い訳と捉えていた。
「何で安く買う必要があるのよ」
「そうでもしないと、赤字になっちゃうの。場所が場所だから」
先ほど説明した通り、このレストランは崖の途中の広い足場にある。
崖自体の高さは、淵から下を眺めてみた際に、下に止まっている漁船3台ほどが掌に収まるほどの大きさになるくらいのものである。
もし落ちてしまえば、間違いなく死が待ちかまえている。
それにも関わらず、この崖の淵からこの場所を繋ぐのは、たった一つのロープのみである。
そのロープを使い、約30mほどを下りなくてはならない。そして、帰りは勿論、上らなくてはならない。
そんな難関を乗り越えてまでここに来店する者は、なかなか居ない。
それ故に、彼女の現状がある。
「それは、理由にはならないでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
「それで手を抜くくらいなら、潰してしまいなさい」
「…メンチの鬼」
彼女に聞こえないようにそう呟いた。そのつもりだったのだが、1mも離れていない所に居る彼女に、その魔法は効かなかったようだ。
彼女は、太股のあたりから、包丁を取り出して笑った。
「刺されたい?」
「ごめんなさい、もう言いません」
両手を挙げて降参のポーズをすると、彼女は、まったくもう、と呟き、包丁をスタート地点へと戻した。
「メンチってほんと無情だよね」
懲りずにコウは恨みったらしく毒を吐くが、彼女は包丁を再スタートさせる気はないようだ。
「プロ意識の欠片もない料理人が何言ってんのよ」
メンチが冷たくそう返してやると、彼女は口を噤んだ。