潮風が吹き抜ける土地に、一人の男が現れた。
男は奇術師のような服装をしており、鼻歌を歌いながら歩いている。

彼は、実際は端正な顔をしている。しかし、両頬に施された赤色のペイントの効果で、その整った部品一つ一つは、奇妙さを引き立てる材料と成り得ていた。

そんな彼、ヒソカは、町の路地裏に居た。

どうやら、この付近は住宅街であるらしい。
家と家の細い道を歩いてゆくと、小さな子供の笑い声が絶えず聞こえてくる。

その楽しそうな声色は彼にも伝染し、彼も小さくクスクスと笑いを零した。
同時に、彼の手からも、赤い液体がぽたりと零れた。
否、正確には、また零れたという表現が正しいのだろうか。

一歩踏み出した時の振動で垂れるそれは、彼の辿った軌跡を作ってゆく。


彼の手は、先ほどまでは綺麗な朱色に染まっていた。
しかし、それは彼の歪んだ欲求を表すかのように、次第に黒を吸収し、美しさをなくしてゆく。


今、ヒソカが求めているものはこの現象ではない。
現状に居たるまでの過程で得られる、ドーパミンである。

スリル不足に陥っている彼は、少しでも倒し甲斐ある相手を求めていた。

出来れば、念能力者を。

だが、一流の能力者ほど上手くオーラを隠すものだから、自分の直感に頼って強そうな相手に当たってゆくしかないのだ。

もしハズレなら、また違う奴をやればいい。

ヒソカはそうして、朱を上塗りしてゆく生活を送っていた。

今とてそうである。

もしかしたら、自分のように、人通りの少ない場所を好む殺人中毒者が居るかもしれない、という期待を胸に、雑魚を倒し続けてきたのだ。


その時だった。

彼のレーダーが、反応を示した。

微細且つ一瞬のことではあるが、潮の中にオーラの匂いを感知した。しかも、それはあまり感じたことのない質のものであった。

その正体を暴こうと記憶を辿ろうとした。
しかし、それよりも、その能力者の元へ向かって確認したほうが早いだろうと判断し、
彼は絶を使いながら、気配がした方角へと走り出した。


「はて?海に着いちゃったねぇ」

直ぐに崖に辿りついた彼は、目の前に広がるオーシャンビューを少しの間だけ堪能していた。

そのすぐ後、自分の下にオーラの大きな気配が一つあることを確認した。
けれども、これは彼を引き寄せたあのオーラではない。あのオーラは、今は感じ取ることは出来なかった。

しかし、位置から考えれば、あのオーラは、間違いなくこの大きなオーラの主の近くにあったはず。

それならば、とりあえずは大きなオーラの主の元へ向かおう。
もしそこに目当てのものがなくても、この主に会うことが出来れば、今の自分を満たしてくれるに違いない。

ヒソカは、敏感な感覚が生み出した二つの杭を、脳内に打ち込んだ。
そして目当てとオーラの主が同じ場所に居る、という一石二鳥な展開を期待しながら、崖を降りていった。


崖の岸から下の方へ向けてロープが張ってあったが、
そんなちゃちな物よりも、自分の腕を信じることにした。そして、崖の壁の少し出っ張っている部分に手や足を掛け、器用に降りてゆく。

そうして、遂に彼は30mほど降りたところで、地が広く平らになっている箇所までたどり着いた。
そこはまるで踊り場のようだと感じられたが、それにしては広すぎる空間だった。
建てようと思えば、一軒家を三つか四つ建てられるくらいのスペースがあるのだ。

そう思いながらその周辺を観察していると、一つ、こじんまりとした建物が目に入ってきた。

スペースがあるとはいえ、こんな場所を活用するなんて、いいセンスだねぇ。
ヒソカは、漏れそうになった笑い声を抑えた。

しかし、そのセンスが、オーラの主を引き寄せたのかもしれない。その建物の中から、大きなオーラが感じられた。

この周りに、身を隠せる場所はない。
つまり、此処にあのオーラの持ち主も居なければ、その人は既にこの近くには居ないと判断してもよいだろう。


ヒソカは足音を立てぬように、その建物へと近づいていった。
無論、建物の中にいる標的に悟られないようにするためである。

建物にたどり着いた彼は、暫く、建物とその内部を観察しようと決めた。

そうしてみると、その外壁には、レストラン・キサラギと描かれた看板が打ち付けられていた。

食欲を満たし、且つまた違う欲求を満たしてくれる。
そして、もう一つの要素が合わされば、一石三鳥となる。

ヒソカは口元を緩めた。
そして、壁に耳を当て、内部の様子を伺おうと試みた。


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